一花視点

「お疲れ、隣良い?」


 私はいつもの席に座る。


 教室の一番後ろで壁際の席だ。


「いいわよ」


 隣には同じ講義を受ける友人がいる。


 彼女の名前は詩音。


 大学内で数少ない友人だ。


 講義が始まると私はスマホを取り出した。


 この席はスマホを弄っていても気付かれにくい。


 LINOを開いて、メッセージを打ち始めた。


 詩音へ一瞬だけ視線を向ける。


 打ち終わったメッセージを送信すると隣の席の詩音のスマホが震動した。


 詩音は一瞬だけ私に視線を向けた。


 それからスマホを開いて、私が送ったメッセージを確認する。



 私は『啓馬と付き合うことになった』とメッセージを送った。



 詩音は表情を変えずに指を動かす。


 私は詩音がどんなメッセージを打ち込むかドキドキしていた。


 彼氏が出来たことを自慢したいわけじゃない。


 詩音に啓馬とのことを報告したのには理由がある。




 詩音は啓馬に好意を持っていた。




 一昨日、二人で飲んだ時にそのことを告げられた。


 啓馬と詩音に接点があるなんて思わなかったので、私にとって詩音の言葉は晴天の霹靂だった。


 話を聞くとどうやら今年の文化祭実行委員会で一緒になった時に話したらしい。


 そこで少しだけ仲良くなって、それから私が良く会話に出していた幼馴染だと知って、意識するようになったと説明してくれた。


 もしも私と啓馬がただの幼馴染で、恋愛をするつもりが無いなら、仲介役をして欲しいと頼まれた。


 私はその返事を保留にして、今日になって、いきなりこんなメッセージを送ったのだ。


 怒られる覚悟は出来ている。


 私は散々、啓馬のことはただの幼馴染って言っていた。


 それなのに付き合うことになった、なんて言ったら、「裏切り者」と言われても仕方ない。


 詩音からの返信はすぐに来た。


 怖くて、詩音の方を見れない。


 私は震える指でスマホを操作する。


「…………」


 メッセージは短かった。


 一言、『おめでとう』と打ち込まれている。


 私は『怒らないの?』と返す。


 返信はすぐに来た。


『怒らない。初めからそんな気がしていた。その上でもしかしたら、って思って仲介役をお願いしただけ。だから、気にしないで」


 詩音の顔を見る。

 彼女は微笑んでいた。


 私はホッとする。


「ん?」


 続けて、メッセージが飛んできた。


『じゃあ、今日は抗議終わりに飲みましょう』


 飲み会の誘いだった。


 正直、断りたかった。


 詩音と飲むのが嫌なわけじゃない。


 ただ、今日は早く啓馬のアパートに帰りたかった。


 どうやって、断ろうか、と考えていると、

『失恋して、傷心の友人の誘いをまさか、断らないわよね?』

 

「…………」


 追撃のメッセージが飛んできた。

 詩織は相変わらず、笑っている。


 とても断りづらくなってしまった。


『一軒だけだよ。それに八時には解散ね』


『了解』


 私と詩織のやり取りはそれで終わる。


 啓馬に今日は到着が九時くらいになりそう、と連絡をして、私はスマホをバックにしまった。


 以降は詩織とやり取りをせず、講義を受ける。


 そして、講義が終わって、私と詩織は居酒屋へ移動した。




「あ~~あ、林君(啓馬の苗字)、結構、良いと思っていたのに残念だわ~~」


 大分、酔いが回ってきた頃、話題が一周して、啓馬の話題に戻った。


「もう一回聞くけど、本当に啓馬とは文化祭の実行委員で知り合っただけなの」


 私は少し疑っていた。


 それだけで好意を持つものなのかな?


「本当に文化祭の実行委員で話しただけよ。ん~~、好意というか、気になった、って感じかしら。付き合って、もしも合わなかったら、別れればいいし」


 詩織はサバサバと答える。


「最近の子ってそんな感じなの?」


「あなたも、その最近の子、だと思うのだけれど?」


 詩音の言う通り私と詩織は同い年だ。


 でも、私とは全く違った価値観を持っているらしい。


「……あんたって、黒縁眼鏡に、黒髪、地味な服なのに意外と肉食系なの?」


「そうかもしれないわね。しっかりおしゃれしているのに、全然、男と接点を作らない草食系さん」


「べ、別に誰かに見せたくて、おしゃれしているわけじゃないし……」


「林君、一人に見てもらえれば、良いってこと?」


「げふっ!?」


 飲みかけていたハイボールを吹き出しそうになった。


「変なこと、言わないでよ……」


「事実でしょ? 今も頭の中は林君のことでいっぱいなんでしょ? 一応、忠告しておくけど、避妊はきちんとしなさい。お互いの為よ」


「ちょっと!?」


 私はキョロキョロと周りに視線を移す。


 と言っても、個室の居酒屋を選んだので、人の視線はない。


 それでも焦った。


 話がこっちの方向へ進むと思っていたから、個室の居酒屋を選んで良かった。


「……ねぇ、一つ、聞いても良い?」


「何かしら」


 私は詩織に顔を近づけて、小さな声で、

「コン〇ーム、って、どうやって買ったらいいの?」


「…………質問の意味が分からないのだけれど? コンビニでも、ドラックストアでも売っているわよ?」


「そうじゃなくて、ほら、男の人がエッチな本を買う時って他の雑誌で挟んで買うらしいじゃん。それと同じで、コン〇ームを買う時って一緒に何かを買った方が良いのかな?」


「まずは男子がエッチな本を買う時に雑誌でサンドする、って常識を捨てなさい」


 詩織は溜息をつく。


「じゃあ、どうやって買えば、気付かれずに済むの?」


「あなたは馬鹿なのかしら? レジを通せば、どうやっても気付かれるでしょう……店員さんに気付かれるのが嫌なら、セルフレジがあるところか、ア〇ゾンとかのネットで買えば、良いんじゃないの?」


「そっか。…………詩織って詳しいね。もしかして、経験済みなの?」


「あなた、少し酔い過ぎじゃない?」


 詩織は困惑しながら、私に水を渡す。


「大丈夫、大丈夫。で、どうなの?」


「…………ええ、まぁ」


「へぇ、やることはやっているんだね。やっぱり肉食系なんだ!」


「二十歳を過ぎれば、いくつかの経験はするでしょ。あなた、飲み過ぎ。本当にいい加減にしなさい。ほら、水、飲む。それに良いの?」


「何が?」


「時間よ。九時には林君のアパートに行くんじゃなかったの?」


 現在、八時半。


 そろそろ居酒屋を出ないと間に合わなくなる。


「いいの、いいの。今までだって、遅れて行ったり、ドタキャンをしたことがあったから」


 思い返せば、この時の私は酔っていて、正常な判断が出来なかったのだと思う。


 付き合い始めた初日にこんな愚行をするなんて……


「あなた、多分、後悔するわよ?」


「しないしない。ねぇ、初体験ってどうだった? やっぱり痛い? 血は出たの?」


「デリカシーの無いことを聞かないでよ。流石に怒るわよ」


「後学の為に教えてよ、人生の先輩~~」


「ああ、もう! 酔っ払いは面倒くさいわね!」


 結局、私と詩音は十時過ぎまで飲んでいた。


 フラフラになって、啓馬のアパートに到着して、そのまま寝てしまう。



 

 次の日、私は啓馬にめちゃくちゃ怒られた。


 付き合うことになったから、いつもよりも手の込んだ料理を作って、私の帰りを待っていた。


 それに他の準備もしていたらしい。


 交際二日目にして、いきなり破局の危機に直面する。


 でも、それはすぐに解決した。


 昔から喧嘩をしてもお互いに尾を引かない。


 言いたいことを言い合って、すぐに元通りに戻る。


 だから、今までの関係が続いている。

 そして、これからも……






 あっ、でも、今回は元通りでは終わらなかったよ。

 私と啓馬は前に進みました。

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【短編】徹夜明け大学生たちの談話 羊光 @hituzihikari

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