赤い靴を履いた女の子 7
「世も末だねぇ……こんな子が」
「そうだな……」
さっきまでステイン氏がいた場所に、ヴィンセントが座っている。ふたりで写真を眺めていた。
その横には、ほぼ無理やり渡された半分の前金が気だるげに転がっている。これだけでも相当な大金なのだが、まだ手を付ける気にはなれない。
あのあと、ステイン氏は報酬に金貨五〇枚を提示した。目的の十倍の金額……それなのに、快諾はできなかった。
あまりにも気乗りしない。
高名な呪術師ならば、ふたつ返事なのだろうか?
「まあ……なんだ、よかったじゃねえか」
「そうだな……」
ヴィンセントも誘った手前、前向きに捉えようとしているみたいだが、あまりの事態に気まずさを隠しきれていない様子だった。本心ではないはずだ。
一〇歳の呪殺……子どもの呪殺。
親族の不始末は親族で片をつけたい、と彼はうそぶいた。そうは言ってもできないのだ。孫を愛しているから。そのために呪術師がいるわけで……。
「……こういうとき、酒屋でよかったと思うよ」
「今日だけは俺も同意するね……だからといって」
写真を持ってゆっくり立ち上がり、金貨二五枚の入った皮財布を無造作にポケットへしまった。
「やんのか?」
「とりあえず。なんかあったら教えてくれ」
「あいよ」
だからといって。
カルマってのはだれにでもあるからな。
もちろん彼女にも……俺にも。
それから少女を探した。
子どもの呪殺など経験はないが、かつて占い師と勘違いした母親の依頼を受けるなんてこともあり、探す要領はわきまえていた。……犬や猫と似たようなものだ。
暑ければ寒いところ。
濡れていれば乾いたところ。
うるさければ静かなところ。
汗だくになりながら、半日ほどさまよった。
ほとんど街中を一周していた。
それでも見つからなかった。
目撃証言もない。
影も形もなにもない。
取りつく島もないとはこのことだ。
普通の子どもだったら見つかってる。
……やはりどこか、感性が違うのだろうか。
ふと、疲れていることに気づく。
すこし休憩、とつぶやいて路地裏に入った。
この街の基本構造はシンプルだ。
表通りは安全。裏通りは危険。それだけ。
このあたりは……ああ、戻ってきている。
ヴィンセントの店の近く。
街はずれの狂人の溜まり場。
殺しの呪術なんてしょうもないものを扱う害虫には馴染みの深い場所だ。
太陽はないし風が吹き抜け、涼しくていい。
その辺りにある階段に腰をかける。
煙草に火をつけ、写真を眺めた。
エドワード・アナスタシア。
五六八年六月生まれ。
白い髪に白い肌。
赤い虹彩に赤い靴を履いている。
四歳の頃に母親を亡くしたらしい。
ステイン氏はその分、愛情を注いだつもりだった。そう言っていた。母親か。
そういえば俺にも母親の記憶がない。
というより最初からいなかった。
俺を産んで死んでしまったらしいが、そんなこと想像したことすらなかった。だから気になった。
母親がいるというのはどんな気分なんだろう?
母親を失くすというのはどんな気分なんだろう?
……考えてみてもよく分らなかった。
なんとなくメリーの顔が浮かんできた。
世話焼きだし気安いし、漠然とした母親像ってなんとなくそんなもんなのかもしれない。
メリーなら知っているのだろうか。というかあいつはどうやって生まれてきたんだ? 魔人って親とかいるのかな……?
写真から目を離した。
どうでもいい悩みと紫煙が立ちのぼっている。
この状況が果てしなく阿呆らしい。
なんで俺はこんなところでこんなことをしているんだったか……そうだ勝手にプリン食ってマジギレさせたんだ。金貨五枚の怒りは高くついたな。
一応、なんとかなったけど……。
不意にポケットの膨らみが鉄臭くなった気がした。
嗚呼そうか。なんか急に死にたくなってきた。
子どもを呪い殺して稼いだ金をあいつに渡すのか。
俺は笑顔で誤魔化しながら理由を語らず、ただ反射だけする小さな円盤を机の上に置く。
なにも知らないメリーはそれを笑顔で受け取って、なにも知らないまま笑顔で過ごすのだろう。
その間も少女は土のなかで腐り果てていく。
想像したら吐き気がする。
そんなことはさせたくなかった。
……だけどステイン氏の無念だって理解できる。
それに放置しておけば、より多くの犠牲者が出るはず。やはり殺害の一択しかなかった。
どのみち、出ていくことになりそうだ。
空を眺めて言う。
「やっぱ俺、向いてねえわ」
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