赤い靴を履いた女の子 4

 ルナはムカついていた。


 彼女は人形であるが、自律した感情に従い動く。

 それは、制作者の感情と魔力をわけ与えられているからだった。ようするにルナには人形師メリーの感情を容易に推測することができた。


 相違点はそれに素直かそうでないかくらいだ。


 モリヤと別れてから、ある確信にうんざりしつつアトリエに戻った。案の定、メリーは裁縫をしながら、ひとり言を繰り返していた。


 それを窓際の枠──指定席に座り、眺める。


「……言いすぎたかしら?」

「……お腹空かせてないかしら?」

「……怪我してないかしら?」

「……戻ってくるかしら?」


 かしら……かしら……。


 そんなことを聞かされ続けるハメになる。

 物言わぬ人形といえど、たまらないものである。

 実際、大量に在るルナ以外の人形は、唯一動ける彼女に対して、目で訴えていた。


 エマージェンシーと。


 ルナだって同じ気持ちだった。

 もし声があるなら「直接行きなさいよ!」と叫んでいたかもしれない。いや、間違いなくそうしていた。しかしできないのであった。


 ……こうしたことはこれが初めてではない。


 あの男……呪術師のモリヤがきてからというもの、常々こういう役回りだ。

 こんなことならば、二〇〇年前、森の奥で静かに暮らしていた時代の方がマシだった。


 あのときはだれにも会わず、関わらず、平穏そのものだったから何年も動かないのが当然だった。

 楽なものだ。退屈を除けば理想の生活だった。


「……プリンふたつ買えばよかったかなぁ」


 しかしまあ……だからといって。

 主のワガママを聞くのが人形の役目だ。


 動かないでほしいなら動かない。

 動いてほしいなら動いてやろうではないか。


 そうしないとこの臆病な人形師はまた、自分の殻に閉じこもってしまうだろうし……あの男には一応、借りた恩義が残っているのだ。


「ルナ、おでかけ?」


 立ち上がり、窓を開けるとメリーはそんなことを聞いてくる。わざとらしい。感情の推測は逆もまた然りなのだ。


 答えるのも無駄なので、とっとと窓から飛び降りた。……「夕飯までに帰ってきてね」と聞こえるが、それは伝言なのか?




 


 


 


 


 

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