赤い靴を履いた女の子 3

 外に出るとルナがいた。

 うす暗くひと通りのない石畳の道路。不安そうな面持ちでそぞろに歩きまわっていて、俺に気づくとあわてて駆け寄ってきた。


 アトリエに帰ったわけじゃなかったのか。

 彼女は俺の袖を引いてなにかを訴えてる。


「どうやらサヨナラかも」


 彼女はぴしり、と石のように固まってしまった。


 手を振ったり、撫でたりしても反応がなく、そのまま立ち尽くしていたから、それをしり目に街の中心部へ歩いていく。


 ひとたび表通りに出れば、強い太陽光が石の道路に叩きつけられ、にわかに反射するから眼球に飛び込んでくる。痛いわ暑いわで涙が出そうだ。決して己の境遇を嘆いてではない。


「なんでプリン食っちゃったんだろう……」


 ため息をつきながら。


 ……俺の本業は呪術師だ。


 呪術師というのは、依頼を受けてその内容どおりに対象を呪うっていうわけだけど、とどのつまり後ろめたい願望の代行者だ。

 形を変えれば、正体不明の暗殺者ともなる。


 子どものイタズラ程度の依頼もあれば、国ぐるみの代理戦争規模の依頼もあるが当然、後ろめたければ後ろめたいほど、相応の金額が提示される。


 その比率はいわずもがな……。

 悲しいことに高名な呪術師はみな金を持っていた。

 それこそ桁が違うくらいには。


 だから金貨五枚というのは、手段を選ばずにやれば稼げない額でもないのだろうが、あいにく俺は手段を選びたかった。


 呪いを助長するような真似はしたくないからだ。

 倫理的かつ利己的な信条だろうとなんだろうと。


 だから大抵の依頼は断っていた。


 ……そんなことを繰り返していたら、安い依頼しかこなくなって──というか最近はそれすらこない。


 すくなくともここ数ヶ月くらいは貯金を食い潰しながら、メリーの世話になるくらいしか記憶がなかった。……あれ、ほとんど廃業してるじゃないか。


 仕方のないことだが、しかし生活を差し置いてまで、信条を保つ必要があるのかどうか……。


 考える。考えるフリかもしれない。


 正直なところ、金持ってる呪術師が本当にうらやましくなってたし、半分くらいは信条をちょっとばかり解禁する気持ちに傾いていた。


 人間だれしも自分が大切なのだった。

 気づけば喉から手が出るほど依頼が欲しくなっていた。どうするべきか。


 依頼がないなら、呼び込む必要がある。


 ……営業、営業でもしてみよう。

 営業くらいならセーフなはずだ。

 でもなんて営業すればいいんだろう。


 『あなたの呪い叶えます』とか?

 そんな文言、まるで悪魔みたいじゃないか。

 もっとなんというかこうハッピーな感じがほしい。

 『呪いで素敵なライフを!』……結構いいじゃん。


「む」


 うつむいて歩いていると、だれかにぶつかってしまった。「あっすいません」と謝って去ろうとしたが、話しかけられてしまった。


「モリヤ……なにしてんだ?」

「あれ、ヴィンセント? 店は?」


 筋骨隆々の浅黒い肌をした男。

 丸く黒い色眼鏡をしている。


 おそろしく威圧感のある彼は、街外れにある酒場の店主であるが、この昼前に出歩いているのはすこし珍しい。


「がら空きだよ。まいったね」

「いつにも増して?」

「いつにも増してだよ。暇してんならきな」

「暇じゃねえし。金貨五枚稼がないと……」


 俺の妄言じみたつぶやきに彼は興味を持ったらしい。というより、それが目的だったみたいだ。

 へらへら笑いだして、俺の肩を叩く。


「だから呼んでんだよ。依頼人だぞ」


 ……なるほど、営業ってこんな感じか。



 


 

 


 

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