二人の静かな逃走劇
神崎 モル
第1話
小さい頃から、親にこう言われてきた
「医者になりなさい」
と。
父さんは名の知れた医者だった。
だが、父さんは急病に倒れた。
幸い命は助かったが、もう、医者を続けられるような体ではなかった。
そこで、親は俺に目をつけた。
小さい頃から医学についてとにかく学ばされた。
父さんの子供ということもあり、周りからの期待も大きかった。
だが、それが裏目に出た。
その大きなプレッシャーは、俺一人には抱えられなかった。
疲れたんだ。
過度な期待も、周りからの視線も、何もかもが嫌になった。
だから俺は…家出を決意した。
部屋で一人荷物をまとめていた。
財布に着替え、他にも色々。
必要そうな物は全部詰め込んだ
家はやっぱり居心地が悪い。
口を開けば勉強、勉強、勉強。
俺はお前たちの物じゃない。
俺には俺の人生がある。
お前たちに左右される物じゃない
時計を見ると、深夜をまわっており、俺は荷物を持ち部屋から出た。
静かに階段を降り、靴を履いて、家から飛び出した。
家の中で物音がする。
扉が開かれたことに気がついたのだろう。
俺は走った。
ただただ街灯もない道を走った。
この足が動かなくなるまで、遠くに。
どこでもいいから、遠くへ
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らしてふと立ち止まる。
家を出てから既に一時間はたっていた。
スマホを見ると大量の親からの通知。
俺はスマホの電源を切った。
そして息を整え、汗を拭い、また走った。
止まっては走り、止まっては走りを繰り返していた。
気が付くと、太陽が顔を出していた。
「この時間なら…」
そう言いスマホを取り出し、位置を確認する。
最寄り駅を確認して、俺はまた走った。
足にはもう、とっくに限界が来ていた。
だがそれでも、今は遠くへ行きたい。
誰も知らないような場所へ
最寄り駅につき、電車に乗る。
行先も分からないまま、俺は電車に揺られていた。
相当疲れていたのだろう。
俺は電車の中で気絶するように眠りについた。
電車の中で、目を覚ます。
周りを見ると乗客は誰もいない。
一応、終点に来ていたようだ
俺は立ち上がり、歩こうとする
「おっと…」
体制を崩して、倒れそうになってしまう
足が痛い。
とてつもない激痛だ。
おぼつかない足取りで、駅を出る。
そして顔を上げて見えた景色は
海だった
「ははっこんなところまで来てたのかよ」
思わず笑いが出てしまう
もっと近くであの景色がみたい。
そう思い、俺は歩を進めた
砂浜に着き、少し砂浜を歩いていた。
案の定、人は一人もいない。
静かだ。
ただ波の流れる音だけが聞こえる。
足の痛みなんて忘れて、景色に没頭していた。
太陽の光を海が反射して、キラキラと輝いて見えた。
その景色が俺にはとても美しく見えた。
しばらく海を見つめていた。
足にガタが来ていた。
数時間も走り続けたんだ。
そうならない方が珍しい
俺はヘタリと座り込んでしまった。
そしてまた、海に視線を向けた。
その時だった。
一つの影が海へ向かってた。
それは一人の少女だった。
「こんな時でも人はいるもんだな…」
なんて、呟いた。
だが、様子がおかしい。
あの少女は海の深くへ向かっていた。
服を着たまま。
一歩、また一歩と先へ進む
「っ!?」
俺は走ることすらままならない足で、海の方へ向かった。
「待てって!!止まれ!!」
そう言っても、少女は止まらない。
奥へ奥へと進んで行く。
「だから、待てって!!」
追い付こうと必死で少女に手を伸ばした。
そして、
「捕まえたっ!!!」
少女の手を掴み、こちらに抱き寄せる
「何考えてんだよっ!!」
そう言って少女を見る
こちらを見た少女は泣いていた。
俺たちは砂浜に戻り、座っていた。
俺と少女の間には沈黙が流れ続けていた。
その時だった。
少女が口を開いた
「なんで…助けたの…」
小さく、虚ろな声
今にでも消えてしまいそうな、そんな声。
「なんでって、それは人が目の前で死のうとしてたら、止めるだろ、普通」
「私は…死ぬことを望んでいた…」
「だとしてもだ。目の前で人に死なれたら、後味が悪いだろ」
「自分勝手…」
「それでもいいさ」
そしてまた、沈黙が流れた。
しばらくして、俺は近くの自動販売機にジュースを買いに来ていた
小銭を入れ、缶ジュースを押そうとした時、
「私、これ」
そう言って横から別の物を押された。
「あっ、おい!!」
「別にいいでしょ、私を助けなきゃ、こんなことにはならなかったのに」
「それとこれでは話が別だろ」
「一緒だよ」
落ちてきたお釣りをまた入れて、缶ジュースを買う
そして砂浜近くの石の階段に座る
「彩佳彩音」
缶ジュースを飲みながら少女はそう言う
「は?」
「名前」
「あぁ、そういう、俺は篠崎直」
「別に、聞いてない」
「それは理不尽じゃないか?」
そしてまた、海を眺めていた
「なんで自殺しようとしたんだ?」
そう、話を切り出す
「そんなに気になる?」
「そりゃな。逆に気にならないことなんてないだろ」
「そっか」
彩佳彩音は海を見つめ、淡々と話し始めた
「私の家族は元々、五人家族だった。父親と母親と、私と妹が二人。普通の家庭で、平和に暮らしてた…あの時までは」
彩佳彩音の声色が変わる
「父親は元々癇癪持ちだった。そして酒を飲んで、酷く酔っ払っている時、癇癪を起こして、妹二人を酒の瓶で殴った。」
「…」
何も言えなかった
「妹二人は死んだ、父親は逮捕され、残ったのは私と母親だけ。でも…母親はどんどん狂っていった。家族が亡くなり、逮捕され、一人でまだ小さい私を養っていく、そんなプレッシャーに耐えられなくなった母親は、幻覚を見るようなった。いつも、どこか虚空を見つめて、誰もいない場所に話しかけたり、急に泣き出したと思えば、怒ったり、父親がいなくなったのも、妹たちが死んだのも、お前のせいって言われて、殴られたり、そういう生活に疲れたんだよ。」
なんだか自分の悩みがちっぽけに見えてきた
「それはまぁ…苦労したな…」
「同情なんていらない。そう言う貴方こそ、どうしてここにいるの?こんな人気もないところまで、何をしに来たの?」
彩佳彩音はこちらに視線を向ける
「俺は…ただ、家出しただけだ」
「家出?」
「そう家出」
「そう…理由は?」
「周りからのプレッシャーに耐えられなくなったんだよ。父さんが倒れて、俺に医者になるように強要されて、そうやって過ごしてきた。だけど、その期待が重すぎたんだよ、俺には」
「そう…」
静かにそう呟いた。
「彩佳、行く宛ては?」
「別に彩音でいい」
「そうか、なら俺も直って呼んでくれ、…それで行く宛ては?」
「行く宛てなんてない。元々ここで人生終える気でいたから何も持ってないし、行く宛てすらない」
俺は彩音と向き合う
「んーならさ、俺と一緒に来ないか?」
「は?」
「あー、助けた義務ってやつ?」
「ここで死なせてはくれないんだ」
「それはそうだな」
「金銭面的には大丈夫なの?連れてかれて餓死とか嫌なんだけど」
「あぁ、大丈夫だ。自慢じゃないけど大量にバイトの掛け持ちしてるから。あと父さんが医者ってこともあってそれなりに小遣いは貰ってきてるからな」
「自慢だ」
「おい」
ここで初めて彩音は笑った。
「それじゃあお世話になろうかな」
「あぁ任せてくれ」
そしてまた、二人で笑った。
しばらくして、俺たちはまだ、行動出来ずにいた
その理由は
「服…乾かないな」
「それはそう。全身海に浸かってたんだから、そう簡単に乾くわけない」
「だよなぁ…、あっそうだ」
俺はカバンに詰めた着替えのことを思い出し、カバンを漁った
「あった。」
そう言い、服を出した。
「男物でいいなら、ほら」
「貸してくれるの?」
「俺だけ濡れてなかったら不自然だろ」
「そっか」
着替えをしながら話し始める
「今聞くけど、なんで俺の事を信じてるんだ?言うのもなんだけど、だいぶ胡散臭いと思わないのか?」
俺は彩音にそう聞く
「命を張ってまで、私を助けてくれたでしょ」
そう言って彩音は俺の足を見る
「足、痛いのに私の事を助けてた」
「あぁ、そういう事ね」
「それとも何?変なことでもしようとしてるの?」
「まさか」
冗談げに笑ってみせる
「よし、着替えたな。行くか」
「行く場所は決まってる?」
俺は彩音を見て
「もちろん、ノープランだ」
そう言い放った。
二人の静かな逃走劇が幕を開けた
俺たちは海沿いを歩いていた
「私、お腹空いた」
「おお、遠慮ないな」
「任せてって言ったのは直でしょ」
「まぁそうだけどさ」
数分歩き続けて、カフェをみつけた
「オシャレな雰囲気だな」
「海が見えるカフェってなんか珍しい」
カフェに入り、席に着く
俺たちが案内されたのは、大きな窓のある席だった
そこからは海が見え、景色の壮大さに呆気を取られていた。
少しして、注文を終えた後、少しだけ話をしていた。
「正直言ってさ、本当に目的地とかないから、何かしたいことがあれば言ってくれよ」
そう彩音に聞く。
「どこか、遠くへ行く前にやっておきたいことがあるんだけど、いい?」
「あぁもちろんだ」
カフェでご飯を済ませた俺たちは、彩音の行きたい場所に来ていた
「ここ…墓地か」
「そう」
彩音は頷く。
そうして、ひとつの墓に向かっていく
「彩佳家…」
「ここには、妹が眠ってる」
悲しそうにそう呟いた
「琴音…夏音…、守れなくてごめんね…不甲斐ないお姉ちゃんで…ごめんね…」
墓に手を着き、俯きながらそう言う
俺は何も言えないまま、彩音のその後ろ姿を見ていた
しばらくすると彩音は墓に手を合わせていた
そして俺も彩音の横で、手を合わせる
「直はしなくてよかったのに」
「いや、報告だよ。お姉ちゃん、連れていくぞって」
「なにそれ」
そうは言いつつも、彩音の顔は少し笑っていた
しばらくして、墓参りを終えた彩音と、道を歩いていた
「しばらく会えなくなるから、墓参りだけは行っておきたかった」
「ま、そうだよな」
今から俺たちはプランも決めず、どこに行くかも分からないまま、旅をするわけだ。
そうしたくなるのもわかってしまう。
「とりあえず、ここからは離れたいんだけど、いい?」
そう彩音が突然言い出す
「それはまぁいいけど、どうした?」
「この近くには私の家があるから…。正直お母さんと顔を合わせたくない」
「あぁそういうこと…」
まぁそうだろう。
家から勝手に出てきて、死ぬつもりでいたのだから、今母親と会うのは気まずいだろう
「んじゃ、どこ行く?」
「とりあえず、遠くに行きたい」
「了解」
そう言い、スマホで自分たちの居場所を確認する。
わかっていたが、海の付近ということで、正直言って何も無い。
「じゃあ、少し歩くけど別の駅に行くか」
「わかった」
そうして俺たちは歩き出した。
目的は別の路線。
そこからまた遠くへ行く。
その先は分からない。
自由に、何も考えず、旅行のような感覚で進んでいく。
今はそれでいいんだ。
電車の中は人はほとんど見当たらなかった。
海の近くの駅から、また、別の駅へ向かう。
「電車に乗るのなんて、数年ぶりかも」
ふと彩音がそういう。
「あんまり遠出とかしない感じか?」
「うん。お母さんが外出とかもあんまりさせてくれなかったから」
「なるほど…」
言うこと一つ一つが重い…
何を言うべきかなのかを迷ってしまう
そうしてずっと中途半端な返答をすることしかできなかった。
「学校とかは行ってたのか?」
「行ってはいたよ。でも、数日に一回程度だけど」
「そういえば何歳なんだ?」
「十六。そっちは?」
「十八、俺の方が年上だな」
「年上マウントだ」
「嫌味だけははっきりしてんだな」
「ありがとう」
「別に褒めてねぇよ」
そんな他愛もない会話をしながら二人で電車に揺られる
「次で降りよう」
急に彩音がそう言った
「それはまた、なんで?」
「別に理由は無い。ただの直感」
「まぁいいけどさ」
その数秒後、電車は駅に着き、俺たちは電車の外に出た。
駅の外に出て辺りを見渡す
「お、おぉー!!壮観だな!!」
駅の外は開けており大きな山がそびえ立っていた
「私の想像する田舎って感じの場所」
「だなぁ、こんな田舎、来たことないからワクワクするな!」
「そうだね、ちょっとワクワクする」
「そんじゃ、散策に行くか」
「うん」
そう言って二人で田舎町を歩く
普段は見ることの無い、昔ながらの木造建築が並んでいる
「山、近いね」
「ん?あぁそうだな。登るか?」
「登ってみたいけど今は無理」
「まぁ確かにな」
まだ昼下がりだが俺たちの疲労度はかなり高くなっている
「ちょっと休憩するか」
「うん」
近くのコンビニに寄り、コンビニの付近のベンチに座る
「ふぅ…」
「疲れたね」
「そうだなぁ…」
大きく伸びをする
「こう、のんびりしてると天気もいいし眠くなってくるよなぁ」
「うん、わかる。少し眠い」
そんな会話をしながらコンビニで買ったご飯を食べる
「おやおや、こんなところに若い者が二人も、めずらしいねぇ」
声の方向を見ると、杖をついて歩くおばあさんがいた
「あぁ、こんにちは」
「はい、こんにちは」
軽く会釈をする。
おばあさんはおぼつかない足取りで俺たちの横に座る
「こんな場所に、二人でどうしたんだい?」
「俺たち、今旅をしてるんです。始めたばっかりですけど」
「それはそれは、とても良い事だねぇ…目的地はあるのかい?」
「ないですよ。ただフラフラーっと直感に従って旅をしているだけです」
「そうかいそうかい」
おばあさんは感慨深そうに遠くを眺めている
「おばあさんはなんで私たちに声をかけたの?」
今までご飯を食べていた彩音がおばあさんにそう聞く
「それはねぇ…若いのがめずらしいっていうのもあるけど、一番の理由はあなたが私の娘にそっくりだったから声をかけてしまったのかもしれないねぇ…」
おばあさんは彩音を見て嬉しそうにそう返した
「私が?」
「そうだよ。あの子は二十歳になる前に亡くなってしまったけれど、私の大切な娘だった…。」
「どんな人だったの?」
「どこか弱々しくて、でも心のどこかに強さを持っている。そんな子だったよ」
「私は…強くなんかない。直に言われなくちゃ、今頃自殺して死んでいた」
「彼の手助けがあったとしても、最終的に生きると決めたのはあなた自身でしょう?それは立派なことでとても強い事なんだよ」
優しい口調なのに言葉に力強さが込められている
「そんなこと…」
「それに、あなたが死んでしまったら悲しむ人がいるでしょう」
「そんな人…」
そう言った彩音は俯いたあと、俺の顔を見る
「まー確かに俺は今彩音に死なれたら悲しいな」
「直は私が生きててくれたら、嬉しい?」
「あぁもちろんだ」
「今はきっとあなたは絶望の縁にいる。消えてしまいたいと思うことがあるかもしれない。それでも彼ならきっとあなたをいい方向へと連れて行ってくれる。私はそう思うよ」
「…」
少し照れたような表情をする彩音
「すまないねぇ…こんな老人の話に付き合わせて」
「いえ、ありがとうございました。俺にとっても彩音にとっても、大切な話でした」
「それはそれは、よかったよかった」
おばあさんは立ち上がり俺たちに向かい合う
「それじゃあね、また気が向いたらここに来て、老人の話でも聞いておくれ」
「うん。おばあさん、また絶対来るからね」
「えぇ…待っているよ」
そう言っておばあさんは歩いて行ってしまった
「なんか…不思議な人だったな…」
「そうだね」
そしてしばらくベンチから見える空を二人で眺めていた
少しして、日が傾き始めた
「もうこんな時間」
「そーだなー、とりあえず泊まれそうな場所探して、今日は泊まるか」
「うん、そうする」
スマホで近くの泊まれそうな場所を探す
「泊まれそうな場所、ある?」
「一応あるっぽいな、予約もいらないらしいし、空いてたら泊まれるぞ」
「じゃあそこに行こう」
「疲れてんなぁ」
「色々あったから」
「それはそーだな、俺も疲れたし、今日はゆっくり休んで明日はまた別のことするか」
「うん」
「うし、行くか」
そう言ってベンチから立ち上がり、近場の宿泊施設に向かう
涼しい風が通り抜けていくのを感じながら田舎道を歩く
道中聞こえる虫の声が心地いい
「おー、着いたぁ…」
着いた先には、ザ、和風といった小さな宿泊施設
「部屋、空いてるかな」
「そればっかりは分かんね、なかったら今日は野宿だな」
「嫌だ」
「きっぱり言うねぇ」
なんて会話をしながら宿泊施設に入る。
そして部屋の空き具合を確認する
「一部屋なら空いていますよ」
「一部屋かぁ…」
「直が野宿?」
とんでもないこと言いやがる
「んなわけないだろ。その部屋でお願いします」
「かしこまりました」
そのままチェックインを済ませて、泊まる部屋に向かう
「ここっぽいな」
「こういう場所泊まったことないから少しだけわくわくしてる」
「まぁ確かに、学生のうちにあんまり外に泊まりに行かないよな、っと」
そう言い部屋を開ける
そこには風情を感じる和室があった
「おぉー和室」
「畳」
「そうだな畳だな」
あんまり見ない和室に俺も彩音も興味津々だ
部屋に入った時には日は完全に落ちきっていて、外は真っ暗だった。
雲のかかった空から少しだけ見える星が綺麗だ
「直…星…キレイ」
「ん?そうだな綺麗だな…でも快晴の時に見てみたいな」
「うん」
「とりあえず、飯食うか」
「うん」
コンビニで買っていた物を食べる
「シャワーだけ浴びるか、どうする?先に入るか?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあお先どうぞ」
「うん。覗かない?」
「覗かない覗かない、ここで待ってるからさっさと入ってこい」
「うん」
そう言って彩音は洗面台の方に向かう
「…俺、そんな信頼ないのか…?」
「いや、信頼はしてる」
「うぉぉ!?びっくりした…!!」
「タオル取りに来た」
「おぉ…そうか…」
「こんどこそ入ってくる」
「はいよ、いってら」
そう言ってまた洗面台の方に歩いていく
「…」
彩音にとっては何気ない言葉かもしれないが、ただ単純に嬉しい
胸から温かいものが込み上げてくる
しばらくスマホをいじりながら時間を潰していると、彩音が出てくる
長くて白い髪が濡れていてぽたぽたと床に水滴が落ちる
「髪の毛ちゃんと乾かせよ」
「乾かして」
「…しゃーねーな」
座る彩音の後ろに行きタオルで彩音の髪を拭く
「直、信頼されてないって言ってたけど、本当に私は直のこと信頼してるよ」
急に彩音がそんなことを言う
「でも俺たち今日が初対面だろ?信頼するに値するのか?」
「最初出会った時に言ったけど、直、足痛めてたでしょ」
「ん、まぁな…家出してずっと走ってた訳だし」
「命をかけてまであんなことをできる人は少ないよ。もしかしたら二人とも死んでたかもしれないし。それでも直は迷うことも無く私を追って海まで入ってきたから、その時からこの人は信頼していいんだっていい人なんだって思ってるよ」
顔が少しだけ熱くなるのを感じる
「そうか…なんか照れくさいな…」
「逆に直は私の事信頼してる?」
「信頼してるぞ。彩音に比べたら大層な理由は無いけど、ただ単純に彩音と話してると安心するし落ち着くっていうのがあるから…」
言葉の続きが思い浮かばない
「そう」
髪を拭き終わり、部屋にあったドライヤーで彩音の髪を乾かす
シャンプーのいい香りがする
サラサラの髪を触っていると心地がいい
「よし乾かし終わったぞ」
「うん」
「じゃあ俺も入ってくるから少しだけ待っててくれ」
「うん」
シャワーを終わらせて部屋に戻ると彩音が就寝準備を終わらせていた。
「布団敷いてくれたのか」
「うん」
「ありがとな」
「どういたしまして」
机を少しだけ動かして俺はスマホを触る
「ねぇ直」
急に彩音が俺を呼ぶ
「どうした?」
「明日、ここを出る?」
「ここって、この町のことか?」
「うん」
「ノープランだからなぁ…彩音はどうしたい?」
「私は…その、あと一日だけここにいたい」
「なんかあるのか?」
「明日、お祭りがあるって、電柱に貼ってた貼り紙で見た」
「へぇ…祭り…」
「行ってみたい」
「了解、そんじゃあ明日は散策の続きとお祭りだな」
彩音は基本的に親に縛られて生きてきた。
祭りも泊まることもほとんど経験がないのだろう
だからこそ、俺が彩音に色々な経験をさせたい。
お節介だのなんだの言われるかもしれない、ただの自己満足かもしれないし慈善事業に見えるかもしれない。
だけど俺は、俺の意思で彩音を笑顔にしたい。
これが俺の使命だって勝手にそう思っている
「直」
「どうした?彩音」
「ありがとう」
「え?」
彩音が口にした思いもしない言葉に驚いてしまう
「おやすみ」
「ちょっ」
何かを言う暇もなく電気を消される
「はぁ…」
困惑しながらも俺も布団に入り、眠りにつこうとする
今日は色々なことがあった
家出をして、彩音に出会って、旅をすることになって、この町に来て、不思議なおばあさんに出会って…
今日は一生忘れることない一日になるだろう
それは俺にとっても彩音にとっても同じ。
忘れられないような一日をこれからも紡いでいこう
そう静かに心に誓ったのだった。
いつの間にか寝落ちをしていたみたいで、気がつくと朝になっていた。
「ふあぁぁ〜」
大きく伸びをして横を見る
彩音はまだ寝ているようだ
時刻は午前七時、チェックアウトまではまだ時間がある。
とりあえず体を起こし、洗面台に行き顔を洗う。
部屋に戻ると彩音が体を起こしていた
「おぉ、彩音、おはよう」
「ん、おはよう」
「今日は快晴だぞ、この天気が続けば夜には綺麗な星が見えそうだな」
「星…」
静かに目を輝かせているのがわかる
「とりあえず起きたんなら、用意して、荷物まとめて早いけどチェックアウトしよう」
「わかった」
そう言い彩音はそそくさと用意を始めた
「…そういえばさ」
ふと気がついたことがある
「何?」
「彩音の服ってないよな」
「私の服?」
「そう、今は俺の服着てるけど、思えば彩音の服買ってないなって…」
「別にいいのに。オーバーサイズの服着心地いいよ」
「でもあるに越したことはないだろ?」
「まぁ…それは確かにそうだね」
「だから服が買える場所があったらそこに行こう」
「うん」
そのまま用意を終わらせた俺たちは宿泊施設から出た
「おぉーちょうどいい気温だな」
「うん。過ごしやすい」
「な」
そう言い適当に歩き始める
「とりあえずどこ行くか…」
「なにか食べよう」
「確かに腹減ったな…」
「どこか行く?コンビニ?」
「どっか店空いてるかな」
「分からない」
スマホを取りだして場所を確認する
やっぱり付近は山に囲まれているため、あまり店という店は多くは無い
「別の場所行くか?」
「別の場所?」
「そう、祭りって夕方からだろ?」
「うん、確かそうだったはず…」
「なら夕方までにここに戻ってくればいいから、ちょっと電車乗って別の場所に行こう」
「わかった、それでいいよ」
「おっけ、そんじゃ駅に出発ー」
「おー」
やる気のなさそうな返事が返ってくる
そこから少しだけ歩き、駅に向かう。
「おっ、ちょうど電車来てるな」
「これに乗る?」
「あぁそうしよう」
今回もどこに行くか分からないが、適当な電車に乗って、適当な駅で降りる。
俺たちの旅はそんなのでいいんだ
電車に乗りこみしばらく電車に揺られる
「少しだけ山が遠のいたね」
少し寂しそうに彩音が言う
「また戻ってくるけどな」
「そうだね」
そこから少しの沈黙が流れる
「直はお祭りとか行ったことある?」
外を見ていた彩音が俺の顔に向き合ってそう聞く
「あぁー祭りかぁ…小さい頃はよく地域の祭りに参加してたなぁ…」
「花火とか、した?」
「ん?したことあるぞ花火」
「花火ってキレイ?」
興味津々でこちらに質問をする彩音
「そりゃな、色とりどりで本当に花が咲いたみたいになるんだ」
「へぇ…」
「やってみるか?」
「え?」
「やったことないんだろ?花火」
「うん」
「ならやるか」
「いいの?」
「この旅は二人のやりたいことをできる限りしたいからな。彩音が花火をやりたいのなら、俺は協力するぞ」
「なら…やりたい。やってみたい」
「了解、それじゃあ花火も向こうで探さないとな」
「うん、楽しみ」
少しだけ顔が明るくなったような気がする。
「彩音、次で降りるか」
「うん、わかった」
「大きなショッピングモールがあるらしいから、飯食ってからそこに行こう」
「うん」
外の風景もかなり変わってきた。
山の多い自然な風景から、人工建造物が多い街の風景になっていた
都会でもなく田舎でもない、普通の街。
だけどこういうところが無難で一番落ち着いてしまうのは俺だけでは無いはずだ。
そんなことを思いながら外を見ていると、電車が駅に着いたようだ
「よし、降りるか」
彩音に声をかける
「うん、行こう」
そう言って電車から降りて駅を出る。
どこか懐かしさを感じる街並みが俺たちを出迎える
「この近場のカフェで飯食うか」
「わかった」
駅からほんの数分で昔ながらのレトロな雰囲気を感じさせるカフェに着いた
「ここ?」
「そう、結構好評価らしいぞ」
「へぇ…」
カフェの扉を開き中に入る。
中は人が数人いるだけの静かなカフェ。
こういうあまり身近では感じられないものを感じるのも旅の醍醐味だろう
俺たちが案内されたのは、端っこの二人席。
その席からは街を見ることが出来て、カフェから見る景色は少しだけ変わって見える
「さ、なんでも好きなの頼んでくれよ」
「うん、直は何食べるの?」
「俺は、モーニングセットとアイスコーヒーかな」
「昨日の海沿いのカフェでもコーヒー頼んでたよね。苦くないの?」
「んー、慣れじゃないか?」
「慣れるものなの?」
「俺も最初は何がいいかよく分からなかったけど飲んでるうちに、香りとか風味とかどんどん深いところにハマってな」
「そういうものなの?」
「そーゆーもんだ」
「私は、苦いの苦手だから」
「逆に好きな物とかあるのか?」
「甘い物は好き…。心が満たされる」
「ふーん…」
旅を共にするんだし、好みくらいはわかっておいた方がいいだろう
その後俺たちは注文を終えて話をしていた
「あの大きな建物がショッピングモール?」
「そうらしいな、今日の目的地だ」
「あんなに大きな建物あんまり見ない」
「まぁ彩音の家って割と海沿いだしな」
「うん」
「楽しみか?」
「楽しみ」
「そりゃよかった」
その後ご飯を終わらせて、外に出る。
「さぁ彩音、行くぞ」
「うん、行こう」
そのまま、ショッピングモールの方へ歩いていく。
「おぉーでっけ〜!!」
「直声大きいよ」
「悪い悪い」
「でも本当に大きいね」
「あぁ、こんな大きなショッピングモール来る機会ないからな」
「うん」
「とりあえず入るか」
「わかった」
ショッピングモール内に入りマップを見る
「どこに行く?」
「んー…、彩音の服を見に行くか」
「いいの?」
「昨日言ったし気にすんな」
「ならその言葉に甘える」
「あぁ甘えとけ」
そう言って女性用の服がある店に行く
「数着くらいは買っておきたいよな」
「え、そんなに?」
「彩音も女の子だし、オシャレした方がいいだろ」
「うん…ありがと…」
少し照れたような表情をする彩音
そこから俺たちは試行錯誤しながら彩音の服を買っていった
「ふぅ…結構買ったなぁ…」
「疲れた…あんなに試着するなんて思ってなかった」
「しゃーないだろ。誰かの服選びなんてあんまりしねぇんだから」
「それでもだよ」
「まぁいいんじゃないか?全部似合ってるし」
「そう…」
少し彩音が俯く
「んじゃ次はどうする?」
「…色々見て回りたい」
「おっけー、そうするか」
そう言って俺たちは色々な場所を見て周り、旅に足りないものなどを調達した。
気がつくと昼下がりだった
「結構買ったな」
旅で必要になりそうなものや、彩音の荷物を入れるバッグなど、短時間の割にはかなり回れたと思う。
後は花火のセット。
これは祭りのあとに二人でやろう。
楽しみだ。
「それじゃあ彩音、一旦向こうに帰るか」
「うん、そうしよう」
荷物をひとまとめにしてから、ショッピングモールを出る
「彩音、楽しかったか?」
「うん…すごく楽しかったよ。ショッピングってあんまりしないから、こんな楽しいものだったとは思わなかった」
「そうかそうか、なら良かった。でも今日はまだまだこれから楽しいことが待ってるぞ」
「うん、そっちも楽しみ」
「だな、俺も楽しみだ」
駅に向かいながらそんな他愛もない会話を続ける
こういう時間がやっぱり好きだなと感じている
駅から数十分かけて元の場所に戻ってくる。
「とりあえず宿泊施設に荷物置きたいな」
「うん」
「まだ歩けるか?」
「宿泊施設に行った後少しだけ休憩したい」
「ん、了解。これからしんどくなったり疲れたりしたらちゃんと言えよ?遠慮は無用だ」
「うん、心がけておく」
「よろしい」
その後俺たちは宿泊施設に向かい、チェックインを済ませ、荷物を置いて外に出てきた。
受付の人が昨日と別の人でよかった
二日連続でチェックインするのはちょっと気まずい
「うし、そんじゃ休憩するか」
宿泊施設の近場の公園に行き、ベンチに座る。
「ふぅ…」
「ようやく一息つけるって感じだな」
「祭りまで体力持つかな」
「ここでしっかり休憩しとけば大丈夫だろ」
そこから静かな時間が流れる。
木々が風に揺れる音だけを感じて空を見上げる。
「あっそうだ、祭り行く前に行きたいところがあるんだけどいいか?」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「ん?まぁちょっとな」
「教えてくれないの?」
「行ってからのお楽しみってやつだ」
「うん。楽しみにしてるね」
「おう、期待しとけ」
そこからまたしばらくは、休憩するために二人でゆっくり話しながら時間が過ぎるのを待った。
「よし、そろそろ行くか」
少しだけ日が傾いた頃に俺はそう言った
「うん。かなり休憩できた」
「なら良かった」
ベンチから降りて、目的地に向かう
「よし、ここが目的地だ」
そこにあったのは浴衣や着物を貸出している店
「ここで浴衣をレンタルしよう」
「浴衣を借りるの?」
「そう、祭りを楽しむためには必要だろ?」
「そう…かな…?」
「必要だって思っとけ」
「まぁ…うん」
少しだけ不満そうだ
そこから彩音の浴衣を選んでから俺の甚平を選んだ
「直…どう…?」
「おぉー似合ってるじゃん」
彩音は黒を基調とした浴衣に白の模様が入った浴衣を着ている。
彩音の白い髪が映える良いチョイスだったかもしれない。
「ありがと…」
少し照れたような表情をする彩音
「その…直も似合ってるよ…?」
「ん、ありがとな」
その会話を横でニコニコしながら聞いている店員
少しだけ申し訳なくなる。
「それじゃ、彩音、行くか?」
「うん」
店を出た後、祭りの会場に向かう
日は傾いていて、空が茜色に染まっている
「これが…お祭り…」
日が落ちきって暗くなった頃、俺たちは祭りの会場に着いていた
神社を中心とした大きな祭り。
その祭りの光景を目をキラキラと輝かせて彩音が祭りを見ている
「直…すごい…」
「あぁすごいな」
「けど、人多いね」
「まぁこの規模だしな」
この祭りは規模で言うとかなり大きい方だ。
この地域を代表する大きな祭りになっているようだ
「はぐれないようにしろよ」
「うん」
そう返事して彩音は俺の裾を掴む
「これではぐれない」
「うん、まぁそうだな」
そして俺たちは祭りの流れに入っていくことにした
「直、これやりたい」
「直、これ食べたい」
「直、これなに?」
しばらく彩音のやりたいことに付き合っていた
祭りも後半になって来た頃、彩音の手にはたくさんの食べ物や景品が握られていた
「ホクホクだな」
「うん」
「楽しいか?」
「うん、楽しい」
祭りの道中常に彩音は楽しそうだった
「彩音が楽しそうでよかったよ」
彩音のその楽しそうな表情を見るだけで満足だ
「でももういっぱい」
「手に持ってる食べ物消費しろよ」
「どこか座れる場所ない?」
「あのベンチに座ろう」
俺が指した先には神社のすぐ近くのベンチ。
祭りとは一風変わった静かな場所。
「少し疲れたなぁ…」
伸びをしながらそういう
「うん、沢山回ったね」
「あぁ、ほら食べ物消費しよう」
「うん」
そう言って彩音は手に持っている食べ物を食べ始めた
俺はしばらく、その彩音の姿を見つめていた
「…?どうしたの?これ、食べる?」
彩音は手に持っていたわたあめを差し出す
「ん?そんじゃ一口だけ」
「どうぞ」
彩音の手を持っていたわたあめを食べる
「甘い」
「美味しいよね」
「あぁ」
またしばらくの間は彩音を見つめる
彩音が食べ終わりそうな時、一人の男が近付いてきた
「よぉ兄ちゃん姉ちゃん、デート中?」
四十代くらいの男が俺たちに話しかける
「デートって…そんなんじゃないですよ」
「そりゃすまんな、なぁこの後始まる打ち上げ花火、場所取りしてるか?」
「打ち上げ花火…」
打ち上げ花火をやるとは知らなかった
「あん?兄ちゃん知らねぇのか?この祭りじゃ最後に盛大に打ち上げるんだぜ」
「彩音、知ってたか?」
「知らない」
彩音はフルフルと首を横に振る
「そうかぁ…、今はもう場所取りも熾烈化して、もうほとんど空いてねぇかもなぁ」
「そう…」
彩音が寂しそうにそう呟く
「そんな兄ちゃん達に朗報だ。神社の先の道を道なりに歩いていけば、誰も知らないような穴場スポットで花火を見られるぜ」
男は神社の後ろを指差し、そう言う
「あの先?」
「そうだ」
「なんでそんなことを俺たちに教えたんですか?」
「まぁ、なんだ?兄ちゃん達、青春してんなぁって思ってな?」
こういう暖かい人がいると俺も心が暖かくなる
「その、ありがとう…」
「気にすんな!!若いもんには譲ってやんねぇとな!!ほら、打ち上げ花火まで時間、そんなねぇぞ!!急ぎな!!」
「ありがとうございました!」
俺たちは男に礼を言い、食べ物のゴミを捨てたあと、神社の先の道を行く。
「買った花火無駄になったね」
「そういうこと言うな」
「でも、後でやりたい」
「そうだな、時間があれば後でやるか」
「うん」
そう言いながらも山道を進む。
しばらく山道を進み段々と木々が開けてゆく。
木々が完全に開けた先には、神社、祭り、全てを一望できる空間があった。
そこには一つだけぽつんと置かれたベンチだけがあった
「お、おぉぉぉ!!」
「すごい…キレイ…」
「あぁすごいな!!」
この景色には心が踊ってテンションが上がってしまう
もう少しだけ前に行き、ベンチに座る
「快晴だから星もよく見えるな」
「星…綺麗…」
「花火まで少し待つか」
「うん」
二人の空間に静寂が訪れる。
先程までいた空間とは別次元のように、ただ木々が揺れる音だけが二人だけの空間に流れる。
遠くに見える祭りの会場の人の動きが騒がしくなる
「そろそろ始まりそうだな」
「すごく楽しみ」
「あぁ俺もだ」
そこから少しして、一つの光が空へ打ち上がり、満天の星空に大きな大輪が咲く。
次々と咲く花火を見るのに集中してしまう
俺は横の彩音の顔を見る。
ただ静かに花火が咲くのを見ていた
その姿がただ綺麗で
思わず彩音に見とれてしまう。
花火が打ち終わるまで、静かに花火を二人で見ていた。
「…キレイだったね…」
「あぁ…そうだな…」
「でも少し寂しい」
「あぁ…」
花火が打ち上がったあともしばらくここで景色を見ていた
「ねぇ、直」
彩音が俺に向き合って声を発する
「どうした?」
「少しだけ、山、登らない?」
「そりゃまた急だな」
「星空、近くで見たいから」
「あぁ、いいぞ行くか」
「うん、ありがとう直」
そう言ってベンチから立ち上がり、俺たちは山を登った。
山を登ると言っても階段があり、山の上まで登って行けるようになっていた
しばらくはずっと山を登っていた
「甚平で登るもんじゃねぇな…」
「直、疲れてる?」
「ん?大丈夫だ」
「私は疲れたよ」
「ま、もう少しだけ頑張ろう」
「うん」
そこからまた山を登り遂に俺たちは山の上まで来ていた。
「着いたー…」
「疲れたね」
「あぁ、こんなに長い階段登ったことねぇぞ」
そして二人で空を眺める
上を遮るものはない
頭上には満天の星空が広がっていた。
「すげぇ…」
「キレイ…」
ただ感嘆の声をもらすことしか出来なかった。
今まで、こんなに綺麗な星空を眺めることなんてほとんどなかった。
今、心底思う
彩音に出会えてよかった、と
あそこで彩音と出会っていなければこんな景色も見ることは出来なかっただろう。
まだ会って二日目だが、そう思えてしまうほど、濃い思い出になっている。
それと同時にこれからも彩音と旅を続けることに期待を膨らませる。
「直」
彩音が俺を呼ぶ
「どうした?」
俺は彩音の方を向く
「ありがとう」
彩音は俺に向き合い俺の目を見てそう言った
「直がいなかったら、今ここに私はいなかった。こんな美しい景色も見ることも無く、世界を恨んだままこの世を去ってた。でも直に出会えたから、今、私はここに生きてる。今生きてて良かったって思えてる…だから、ありがとう」
彩音は笑顔でそう言う。
「これからも直と一緒に居れば、またこうやって生きててよかったって思わせてくれる?」
そんなの返答はひとつに決まっているだろう
「あぁ、もちろんだ。何回でも俺が彩音を生きててよかったって、そう思わせてやる」
俺も笑顔でそう答えた。
次の日の朝、俺たちはそそくさとチェックアウトの準備をしていた
「まさか、アラームかけ忘れるなんて…」
「昨日のことで気が抜けてるんじゃないの?」
「それも一理あるかもしれねぇ…」
荷物をまとめて部屋を出る。
すぐにチェックアウトを済ませて、外に向かう。
「さて、彩音。次はどの方面に行こうか」
「どこでもいいよ。適当で」
「あぁそうだな」
俺たちの次の目的地は誰にも分からない
ただ気分で決めるから
「次の旅もいいものになるといいね」
「そうだな、よしっ!!駅向かうか!!」
「うんっ」
続く
二人の静かな逃走劇 神崎 モル @moooooooru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。二人の静かな逃走劇の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます