第3話 アプローチ
気を失ったメルティーは、レオによってベッドに寝かされ、その後一時間程で目を覚ました。起きたメルティーは夢でもみたのかと思ったが、近くにいたレオがとろけるような笑顔で「お目覚めですか」と声をかけてきたことで現実だと悟った。
「レ、レオ。貴方、先程の……」
「はい、お嬢様。私はお嬢様を愛しています」
「ひ、ひぇっ」
メルティーはレオにしっかりと手を握られ、生まれてこの方出したことのない声を出した。
「あ……申し訳ございません。お嫌でしたか」
「い、いいいいえ、嫌ではないわ」
その言葉を聞いたレオは、破顔する。
今までメルティーはレオのことをよく知っていると思っていた。無表情がデフォルトで、嬉しい時は少しだけ微笑む。それ以外の表情を見たことがなかった。
そんなレオが今、至極嬉しそうに笑っている。メルティーは驚きながらも、そんな表情を見せてくれたことが嬉しかった。
「わ、わたくし、少し外の風を浴びに行こうかしら」
「ならば私がお連れします」
「い、いえ。一人で大丈夫ですわ」
「お嬢様……私と一緒にいるのがお辛いですか」
「そ、それは違うけれど」
レオは悲しげに顔を歪めたあと、アンナを呼んできます、と呟いて側を離れた。
レオが扉の外に消えた後、メルティーは心臓がバクバクするのを抑えるため、胸元をギュッと握った。
(ま、まさかあのレオが……わたくしに恋を? 今までそんな素振りなかったではなくて? それよりもあんなに喜怒哀楽がわかりやすい人だったなんて……)
そこにノックの音が響く。
「お嬢様、アンナです」
「は、入ってちょうだい」
扉を開けて入ってきたアンナは、メルティーの顔を見るなり嬉しそうに笑った。
「お嬢様、ついにレオとお付き合いを?」
「えっ。え、ち、違うわ! というかついに、ってなに? ついにって!」
「え……お嬢様の顔が赤いですし、今まで散々アプローチを受けていたではないですか」
「あ、アプローチ……?」
そんなの受けていたか? と疑問に思っていると、アンナはそれを察して深い溜息をついた。
「お嬢様……思い返してみてください。レオがお嬢様のお誕生日に毎回送ってくれる花はなんですか?」
「それは……赤い薔薇ね」
「花言葉は?」
「あなたを愛しています……だけれど。でも、これは以前私が薔薇が好きだとレオに話したことがあるからではなくて?」
「それもありますが……。では、お嬢様がレオに贈られたハンカチに刺繍したのはなんでしたか?」
「それは、レオにお願いされた白いアザレアね」
「その花言葉をご存知ですか?」
「……知らないわね」
「花言葉は、『あなたに愛されて幸せ』ですよ」
「……」
メルティーは、知らなかったとはいえそんな花を刺繍していたことに羞恥を覚えた。
「まだありますよ」
「まだあるの!?」
「ええ。レオはお嬢様に好意を抱いていただこうと、お嬢様の理想の男性になろうと努力していました」
「わたくしの……理想の男性?」
そんなこと話したかしら? と思っていると、アンナから続きが語られる。
「はい。お嬢様はご自身の小説の中のような男性がタイプだと、以前わたくしにおっしゃいました」
たしかにアンナにそう話したかもしれない。メルティーはレオを思い浮かべる。
いつもクールで、真面目で、嬉しいことがあると少し微笑む。適度に鍛えられた胸板は硬く、だがガッチリしすぎないスタイルはメルティーの理想であった。
たしかに、言われてみればアンナの書く小説の男性はクールながら優しい人が多かった。普段クールなのに、たまに微笑んだときのギャップが素敵で──
そこまで考えて、メルティーは自身の理想がレオに当てはまることに気づく。
なんてこと、気づかなかったとメルティーは頭を抱えた。
「そんなの……気づくわけないわ。だってレオは弟のようなもので──」
「お嬢様にとってはそうでも、レオにとっては違ったのですよ。……それにしても、レオはもう取り繕うのをやめたようですね」
「えっ?」
「我慢の限界だったのでしょう。お嬢様の理想の男性を演じ続けるのも、お嬢様が気づかないのも」
メルティーは先程までのレオを思い浮かべる。今まで見たことのなかった表情、愛の告白。ああ、今思い出しただけでも胸がドキドキする──
コンコンコン
「お嬢様、レオです。入っても宜しいでしょうか」
「は、はい。よろしくってよ」
「失礼します」
レオはクールな表情で入ってきた。その手には一通の手紙がある。
「お嬢様、こちらご友人のアリス・シュベルト様からのお手紙になります」
「ありがとう」
手紙を受け取ろうとしたメルティーの手を、レオはしっかりと掴む。
「お嬢様」
「な、なにかしら?」
真剣な瞳で見つめられたメルティーは、ドキドキしながら次の言葉を持つ。
「私は今まで我慢してきました。しかしそれも限界です。いつお嬢様がどこの誰とも知らない男と結婚するかと思うと、私は胸が押しつぶされる思いです。そこで私は、ご主人様に許可をいただきました」
「お父様から、許可……?」
「はい。──お嬢様がお許しくださるなら、私と結婚しても良い、という許可を」
メルティーはその言葉を理解するのに時間を要した。……わたくしと、レオが結婚?
理解した瞬間、ボボボボっと顔が熱くなる。
あ、とかう、などと言葉にならない言葉を発するメルティーを見て、レオはにこやかに続ける。
「これからは遠慮など致しませんので、宜しくお願い致します──お嬢様」
本日二度目の卒倒をしそうになったメルティーであった。
ちなみに、アンナは極力気配を殺していたため、二人の世界の邪魔になることはなかった。
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