第98話 サメ術師は異世界を往く

 果てしない荒野。

 散乱する魔物の残骸をサメが貪っている。

 その中を俺は闊歩していた。

 血生臭さを我慢して進んでいく。


 行き先は魔王城だ。

 三年ほど前に登場し、支配域を拡大して人間の国々を脅かしている。

 よほどの被害でなければ不干渉を貫くつもりだった。

 しかし最近、侵略がエスカレートしてきたので討伐することに決めたのである。


(我ながらすごい立場になったものだな……)


 この世界に来た当初が懐かしい。


 復讐の果てに姫を殺害した俺は、すぐさま地球に帰還した。

 眼球のバックアップを捕食したことで、ポータル・シャークが解放されたのだ。

 世界を繋げる門のサメは、俺を日本に送り届けてくれた。


 王都壊滅時にポータル・シャークが解放されなかったのは、姫がオリジナルの術式を破壊していたからだろう。

 あくまでも推測だが、バックアップを己の目に宿して独占したに違いない。

 元から世界を支配しようとしていた人間だ。

 それくらいの暗躍はしたと思う。


 とにかく、ポータル・シャークの力で俺は帰還に成功した。

 地球では俺が召喚されてから数時間しか経っていなかった。

 ちょうど夜明けで、俺は何事も無かったかのように出勤し、久しぶりの仕事をこなしてきた。


 それから俺は日常生活を再開した。

 ただし、今までとは明確な変化があった。


 まず異世界のステータスが残っていた。

 能力値は引き継がれて、地球でもサメを召喚できたのだ。


 さらに高レベルの身体能力も保持していた。

 俺の場合、特化タイプなので大した補正ではないものの、一般人と比べれば驚異的な水準である。

 もっとも、悪目立ちしたくないので、俺は今まで通りの生活を心がけた。


(いつも通りの生活を、していたんだけどなぁ……)


 俺は苦笑しながら周りを見渡す。


 そこは荒野だ。

 グロテスクな魔物の死骸をサメが美味そうに食い散らかしている。

 平穏とは無縁な光景であった。


 結論から述べると、俺は異世界に舞い戻ってきた。

 これには理由がある。


 当時の決心を振り返っていると、背後から陽気な声が聞こえてきた。


「サメ男さーん。隠れていた魔物を倒してきましたよー」


 地面を泳いできたのはアティシアだ。

 正確にはサメモチーフのパジャマを着たアティシアである。


 目は真っ赤で、肌は青白い。

 口から覗く歯はギザギザで鋭利だった。

 容姿に若干の変化があるものの、その顔立ちや喋り方は紛れもなく幸運の勇者アティシアだ。


(そういえば、殺し合った仲なんだよな)


 脳裏を過ぎるのは、アティシアとの最終決戦だ。

 俺達は姫を始末した後に殺し合った。

 本当にギリギリの攻防で、一歩間違えれば殺されていたのは俺だったろう。

 実際はアティシアがサメに捕食される結果になったわけだが。


 そう、アティシアは喰い殺された。

 あの時に死んだのだ。

 しかし目の前に存在している。


 彼女は、俺のサメ能力の一部となって生存していた。

 フォーチュン・シャークという名称のサメになったのである。

 属性を付与すると、なぜかアティシアの人格が宿ってしまう謎の仕様なのだ。


 フォーチュン・シャークには、彼女の精神が奇跡的に付随している。

 たぶん死の直前に己の生存を願ったのだろう。

 だからこんなことになってしまった。


「なにをジロジロ見てるんです? ひょっとしてセクシーな私に興奮しちゃいました?」


「寝言は寝て言えよ」


「照れなくていいのですよ。男の子なんですから仕方ないです」


「黙ってろ」


 いつも通りの掛け合いを挟みながら、俺達は荒野を進む。


 俺をサメ男と呼ぶアティシアはサメ女になった。

 フォーチュン・シャークは同時に一匹しか召喚できない珍しいタイプで、特例的な存在に近い。

 連れていると幸運になり、望む結果を引き起こしやすくなる。


 オリジナルとも言える【運命誘導】の劣化版であり、あそこまで強力ではない。

 それでも何度か助けられていた。

 便利なので基本的には常に召喚している。


 フォーチュン・シャークを召喚した当初は仰天したものだ。

 現在では関係も良好と言えよう。

 付き合いも長くなり、腐れ縁のようなものが構築されつつあった。


 地面を泳ぐアティシアは空を見上げながら呟く。


「もうそろそろ日没ですね。一旦、戻りますか」


「ああ、そうしよう」


 俺はポータル・シャークを召喚して地球の自宅に戻った。


「じゃあ、シャワーをお借りしますねー」


「自由に使ってくれ」


 脱衣所に消えたアティシアをよそに、俺は玄関で靴を脱いで上がる。

 今日の冒険は終了した。

 ビールを飲んで寝ようと思う。


 俺は、異世界と地球を往復する日々を送っていた。

 平穏な暮らしを送りつつ、世界を守っている。


 なぜこんなことをしているのか。

 一言で答えるならば、後味が悪かったのだ。


 当時、俺は異世界から逃げるように帰還した。

 復讐者として国の重鎮や同じく召喚された勇者達を抹殺し、直接的に関係なかった者も始末した。

 私怨によって暴れるだけ暴れて、残りは放置して逃げたのである。


 ただ、そのまま日常生活を謳歌できるほど図太くはなかった。

 気分が落ち着くほどその考えが強まり、再び異世界へ赴いたのであった。

 あれから俺は、二つの世界を生きている。


 俺は殺人者だ。

 その上で、かつては失格になった勇者をやり直している。

 決して贖罪ではない。

 ただの自己満足に過ぎなかった。

 それでも生き残ってしまったのだから、ある意味では責務だろう。


 余談だが、二つの世界を行き来するうちに、大幅な時差が生じていた。

 地球で五年が経過した間に、異世界では二百年ほどの年月が過ぎている。

 俺はそれだけの期間を生きているのだった。


 アンチエイジング・シャークやキュアー・シャークの能力で、疑似的な不老を獲得している。

 おかげで不都合はない。

 サラリーマンと勇者の二重生活を続けながら、何度も世界を救ってきた。

 サメ術師の名もかなり有名になっている。


 功績に驕ることはない。

 もはや止め時を失って、なんとなく善行に重ねているだけだ。

 それでも俺は、勇者として活動するのが好きなのだろう。


 ――今後も自分なりに異世界を守っていこうと思う。




◆あとがき◆

最後まで読んでくださりありがとうございました!

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サメ召喚 ~勇者失格で捨て駒にされたけど、外れスキルが覚醒して世界最強になった~ 結城からく @yuishilo

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