第97話 サメ術師は決着させる
「は、ははは……負けました。私の完敗です」
アティシアが乾いた笑いを洩らす。
短剣を捨てて脱力し、頬を痙攣させながら項垂れていた。
彼女は恨みを込めた眼差しで俺を見る。
「やられましたよ。まさかここで盗んでくるとは。意外と頭脳派だったんですね」
「分かったなら、さっさとどこかに行け」
「いやいや。待ってくださいよ。まだ話は残っています」
アティシアは首を振ると、予想外の提案をした。
「一緒に元の世界へ帰りましょう。私の【運命誘導】を使えば、帰還の成功率を劇的に上げられますよ。その後、解散すればいいだけです。もうあなたに干渉しませんし、報復も考えませんから」
「都合のいい話だな。素直に乗ると思うのか?」
「復讐心に囚われるのは損ですよ。あなたなら理解できるかと思いますが」
確かにアティシアの案は魅力的だった。
彼女と協力できれば、元の世界への帰還も確実なものになるだろう。
帰還によってサメ能力が消滅するかは不明だが、別にどうでもいい。
平穏な日常を取り戻せるのなら、この能力を返還しても構わないと考えていた。
しかし俺は誘惑を断ち切り、新たに召喚した鮫銃をアティシアに向けて告げる。
「さっさと消えろ。二度と俺の前に現れるな」
「……やはり駄目ですか。仕方ないですね」
アティシアは肩を落とした。
踵を返すと、そのまま歩き去ろうとする。
ところが次の瞬間、彼女は急に進路を変更した。
凄まじい速度で俺に接近しながら手を伸ばしてくる。
おそらく身体強化系のスキルを使ったのだろう。
跳んでくるアティシアは凶悪な笑みを湛えていた。
目は爛々とした光を帯びている。
「諦めると思いました?」
「まさか。お前なら絶対に奪い返しに来ると思った」
俺はアティシアの突進を躱しながら眼球を握り込んだ。
そのままゆっくりと力を込めていく。
「舐めるなよ。これで台無しだ」
「……ッ」
アティシアの顔色が露骨に変わる。
彼女は焦った様子で再び跳びかかってきた。
「返してくださいっ!」
「嫌だよ」
俺は眼球を握り潰そうとする。
しかし、加減を誤って取り落してしまった。
「おっ」
キャッチしようとするが、なぜか失敗する。
指の間を抜けた眼球が滑り落ちて転がっていく。
その先には、ちょうど接近してくるアティシアがいた。
(眼球の奪取にリソースを振ったな?)
確信した瞬間、俺は新たなサメを召喚した。
そのサメは横合いから猛速で突き進む。
大きく開かれた口は、眼球を拾おうとするアティシアを狙っていた。
眼球に触れる寸前に彼女は気付く。
「サメ男さん、あんたは――」
「じゃあな。地獄に落ちやがれ」
俺の言葉と同時に、サメが口を閉じながら目の前を通過する。
そこに残されたのは、首から上が無くなったアティシアであった。
彼女の手は眼球を拾っているが、割に合わない代償を払っている。
食い千切られた断面から鮮血を噴きながら、アティシアの死体が崩れ落ちた。
そこに数匹のサメが群がり、争うようにして噛み散らかしていく。
ものの一分ほどで、彼女の痕跡は血だまりだけとなった。
その光景を見届けた俺は、大きく息を吐いて座り込む。
「やっと、終わった……」
見事、作戦通りに殺すことができた。
眼球を盗んだのは、アティシアのリソース配分を変えさせるためだった。
彼女は必ずバックアップの保護に走る。
その間はガードが甘くなるので、攻撃を当てる余地が発生したのだ。
上手く成功してくれてよかった。
勇者召喚を発端とする復讐劇も、ようやく区切りが付いた。
因縁の相手は残らずサメの餌になった。
これでもう命を狙われることもない。
それを実感した俺は、気を失うように倒れ込んだ。
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