第96話 サメ術師は奇策を成功させる

「えっ」


 アティシアの表情が一変した。

 虚を突かれた様子で、短剣を下ろして凍り付いている。

 明らかに顔色が悪くなっていた。

 いつも演技臭い彼女が見せた、本心からの反応であった。


 俺は眼球をつまみながら笑う。


「そんなに焦るなよ。少し借りただけだろう」


 喋りながら後ろに下がる。

 今のうちに距離を取りたかった。

 何が起こるか分からない。


 このバックアップは奥の手であり、突破されるとさすがに不味い。

 魔力はもう僅かしか残っていないので、いつ殺されてもおかしくない状況だった。


 しかし、それを表に出すことはない。

 俺は余裕ぶって姫の眼球をアティシアに見せつける。

 とにかく状況的な優位をアピールするのが大事だ。


 アティシアは歯噛みしながら睨み付けてくる。


「どうやってそれを……」


「俺にできることは一つだけ。お前だってよく知っているだろう」


 そう言うと、アティシアはすぐに察しが付いたらしい。

 小さく舌打ちする。


「サメにやらせたのですね」


「その通り。お前の隙を見つけるのに苦労したんだ」


 俺のそばに小型のサメが泳ぎ寄ってきた。

 その頭を撫でながらアティシアに説明する。


「シーフ・シャーク。盗むことに特化したサメだ。こいつでお前のポケットから眼球を奪った」


 アティシアの体内でボム・シャークを起爆させた時、俺はシーフ・シャークを動かしていた。


 あれは殺害が目的ではなく、彼女からこいつを奪うためだった。

 正攻法では彼女に敵わない。

 もはや認めざるを得ない事実である。


 しかし、これは別に試合でも何でもなかった。

 最終的に勝てば正義なのだ。

 だからアティシアの弱みを握ることにした。


「お前は【運命誘導】で身を守っている。しかし"眼球を盗まれないようにする"ことまではできていなかったな。能力のリソースに限界があるからだ」


 眼球の保護にスキルの力を費やすと、俺の攻撃が命中する恐れがある。

 彼女は当然ながら命を最優先するだろう。

 少しでも死のリスクを背負わないようにする。

 俺のサメ能力が【運命誘導】を凌駕しつつあるので、尚更に警戒していたはずだ。

 もしかしたら眼球にもリソースを割いていたかもしれないが、シーフ・シャークを防げるほどではなかったらしい。


 アティシアは荒い呼吸を繰り返す。

 その中で怒りを抑えながら、彼女は噛み締めるように言う。


「あなた……それがどれだけ貴重な物か分かっているのですか」


「もちろん。だから盗んだ」


 俺は笑顔で眼球を掲げると、はっきりとした口調でアティシアに命じる。


「形勢逆転だ。余計な真似をせずに立ち去れ」

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