第90話 サメ術師は疑念をぶつける

「やったか……?」


 俺はそう呟きながら魔法陣を凝視する。

 少しも油断させずに見つめながら、いつでも攻撃を仕掛けられるようにした。


 数秒後、魔法陣から姫の上半身が飛び出して、地面を転がった。

 斜めに輪切りされた胴体は内臓を晒している。

 顔は呆然とした表情で固まっていた。

 ただ虚空を眺めている。


「…………」


 俺は暫し無言で睨む。

 動かない姫を鮫銃で撃つも、反応しない。

 ただ死体が損壊しただけだった。


「死んでいる、のか」


 確信した俺は地面に座り込んで安堵する。

 蘇ってくる可能性を警戒したが、杞憂に終わったようだ。


 姫ならば十分にありえただろう。

 様々な勇者の固有スキルを奪っており、それくらいは可能だと思ったのだ。

 しかし、さすがの彼女もあの状態からの生還はできなかったらしい。


 その場で休んで魔力回復に専念していると、遠くから俺を呼ぶ声がした。

 見れば手を振りながら歩いてくる一人の女の姿がある。

 そいつは胡散臭い笑顔をこちらに向けてきた。


「おめでとうございますー、無事にラスボスを倒せましたね」


「アティシア……」


「どうも。サメ男さんのおかげでお姫様の洗脳が解けましたよー。いやはや、私としたことが迂闊でした」


 頭を掻くその女――アティシアはあっさりとした口調で言う。

 相変わらずの態度だ。


 結局、こいつは最終決戦の間は何もしていなかった。

 姫と目を合わせて操られていたそうだが、現在は平気みたいだ。


「この人、本当に性格が悪いですよね。他の勇者を踏み台にしか考えてないんですから。顔は良いですが、内面は美しくなかったようで」


 アティシアは姫の死体を蹴り転がしながら語る。


 俺はその様子を観察していた。

 鮫銃を手元に引き寄せて、いつでも撃てるようにする。

 ゆっくりと立ち上がりながら声をかけた。


「おい」


「何ですか?」


「お前、洗脳されてなかったろ」


 俺が言うと、アティシアはわざとらしく首を振った。


「ばっちりしっかり洗脳されてましたよ。頭の中がぐにゃぐにゃー、ほわほわーっとなってました」


「嘘をつくなよ。お前の【運命誘導】なら回避できたはずだ」


 王都壊滅時、アティシアは巨大ザメの襲来を凌げた。

 事前に王都を離れることで逃れたのだ。


 それは一種の予知能力と言えよう。

 何が降りかかるか分からないが、自然と回避行動を取ったのである。


(戦闘中は流したが、アティシアがそう簡単に操られるとは思えない)


 別に確固たる証拠があるわけでもない。

 本当に操られていた可能性の方がおそらく高い。

 それでも俺はアティシアを疑っていた。


 アティシアは疑念を深める俺を見やる。

 やがて小さくため息を洩らすと、悪意に満ちた微笑を浮かべた。


「ねぇ、サメ男さん。敵を倒した後に"やったか?"なんて言っちゃ駄目じゃないですか。それって復活フラグなんですよ」


「お前……」


「私が【運命誘導】で彼女の死を望まなかったら、たぶん本当に蘇ってきましたよ。いやぁ、危なかったですねー。感謝してほしいです」


 アティシアは平然と白状した。

 完全に開き直っており、罪悪感など微塵もなかった。


「やはり洗脳されていなかったんだな」


「当たり前ですよ。私の幸運っぷりを舐めないでほしいですね」


「じゃあなぜ加勢しなかったんだ」


「まだ分からないのですか?」


 アティシアは呆れたように言う。

 そして、姫の死体に足を載せながら答えた。


「――サメ男さんとお姫様。どちらの味方をキープするか考えていたのですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る