第89話 サメ術師は畳みかける

 姫は焦った様子で身体に力を込める。

 しかし、彼女は震えるばかりで一向に動けない。

 まるで凍り付いてしまったかのようだ。


「こ、の……ッ!」


「無駄だ。もうお前は動けない。能力で縛り付けた」


 俺は冷静に告げる。

 見開かれた姫の目は、極大の殺気を主張していた。

 今にも噛み付いてきそうな迫力だが、何の害もないことは知っている。

 たとえ視線に能力を加えたとしてもレジスト・シャークが守ってくれる。


(なんとか通用してくれたな……)


 俺は内心で安堵する。

 この奥の手が効かない可能性もあった。

 だから焦っていたのだ。

 もちろんそれを表に出すことはない。

 会社員時代に鍛えたポーカーフェイスで誤魔化している。


 俺が召喚したキング・シャークは、命令能力を持つ。

 命令した相手の意識に働きかけて言葉通りの行動を促すのだ。

 そこに強制力を持たせるギアス属性と、効果を強めるブースト属性を加えることでパワーアップさせた。

 これによって、ただ言葉で従わせる能力が、一時的に相手を縛り付けるだけのスキルに昇華したのだった。

 だから厳密にはブースト・ギアス・キング・シャークだが、細かいことはどうでもいいだろう。


 この強力なサメを温存していたのは、何度も通じない可能性があったためだ。

 言うなれば暗示なので、連発すれば効きが悪くなる。

 ここぞという瞬間――すなわち勝利を確信した姫が気を緩める瞬間を狙ったのである。


「散々やってくれたな。今度は俺の番だ」


「……ッ!」


 悔しそうな姫の姿を目に焼き付けて、俺はさらなるサメを召喚する。

 上空に現れたのはプリズン・シャークだ。

 落下してくるその先には、動けない姫が立っている。


「あなたは――っ」


 姫の言葉を遮るように、プリズン・シャークが彼女を呑み込んで地面に激突した。

 そこからは怨嗟の声は聞こえなくなる。

 今頃、内部で多重の拘束を施されたところだろう。


 プリズン・シャークは収容した人間の能力を封印する。

 ステータス差も無視できるため、姫がどれだけ強かろうとこれに逆らうことはできない。


 次に俺はシェルター・シャークを召喚して、プリズン・シャークを丸呑みさせた。

 このサメもかなり頑丈だ。

 並大抵のダメージでは傷も付かず、内側からの攻撃にも強い。

 本来なら外敵から身を守るためのサメだが、今回は姫を閉じ込めるために呼び出した。


 姫は二重でサメに食われた。

 能力も封じられているので、脱出不可能だろう。

 どちらのサメも動きが極めて遅く、通常戦闘では役に立たない。

 しかし、こうした場面なら詰みに持っていけるサメだった。


「これでフィニッシュだ」


 俺は片手を掲げて能力を発動する。

 付近一帯の地面を囲うように魔法陣が展開されて、そこから徐々にサメの頭部が現れる。

 地響きと共にせり出してきた。


「うおっ」


 大幅な魔力消費によって疲弊して脱力していた俺は、サメの皮膚を転がって魔法陣の外へ出た。

 姫を呑んだシェルター・シャークも同じように転がっていくも、途中で巨大ザメの鼻先に弾かれて上空へ打ち出された。

 シェルター・シャークが高速回転しながら落下を始める。


 刹那、巨大ザメが跳び上がった。

 空中でシェルター・シャークを丸呑みすると、そのまま胴体を反転させる。

 途方もない巨体は、魔法陣の中へ沈み込んで消えてしまった。

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