第86話 サメ術師は一騎打ちに突入する

 視線の先には、満身創痍の勇者がいた。

 周りのサメ達が次々と切断している。

 不可視の力で解体しているのだ。

 たぶん巨大ザメを始末した固有スキルだろう。


 その勇者の片脚にアンデッド・シャークが噛み付いた。

 すぐさま切断されるも、ふくらはぎが齧り取られている。

 あれはもう感染している。

 遅かれ早かれ、あの勇者はゾンビになる。


 疲労と負傷と感染の三重苦により、勇者がふらつく。

 その瞬間、彼の腹をスピア・シャークの槍が貫いていった。

 勇者は反撃のために手をかざそうとするも、ガンシャークの銃撃を受けて指が千切れ飛ぶ。


 さらに背後からチェーンソー・シャークが圧し掛かった。

 高速回転する刃で背中を引き裂いて、そこにサメが群がる。

 手慣れた連携で勇者は喰い殺された。


(よし、これで完了だな)


 城の前は血みどろだった。

 勇者は全滅した。

 サメの蹂躙に耐え切れず、残らず死んでしまったのだ。


 まあ、考えてみれば当然のことだろう。

 サメは大半な即死クラスの力を持つ。

 それでいて捨て身の攻撃を仕掛けてくるのだ。

 たとえ一種類のサメを完封できたとしても、他のサメを防げるとは限らない。


 死体だらけの中で、無傷の姫だけが立っていた。

 彼女は多種多様な魔術で防御し、現在進行形でサメの猛攻を弾いている。

 自分の命だけを優先しているとはいえ、大した能力だ。


(意外と粘るじゃないか……)


 姫は他者を操る能力がメインに使っていたが、魔術師としての力量も一流なのだ。

 優れた才覚とは聞いていたものの、あれは本物である。

 下手な勇者より強いのではないか。


(まだ近付くべきではないな)


 このままサメを送り続けるのが確実だ。

 護衛である勇者がいないのだから、いずれ破綻するはずだった。


 姫は多重の結界でサメの攻撃を防いでいく。

 その光景を眺めていると、目が合った気がした。


 いや、間違いない。

 姫は俺の居場所を特定している。

 しっかりとこちらを凝視していた。


「さすがですね。ここまで簡単に壊滅させられるとは思いませんでした」


 姫は声を反響させて言う。

 落ち着いた調子で、どこか優越感すら滲ませていた。


 俺は返答代わりに鮫銃を連射するも、姫の張る結界に弾かれた。

 少しのダメージも与えられていない。

 他のサメの攻撃も同様だった。


(……頑丈すぎないか?)


 俺はふと気付く。

 これだけの特殊攻撃を常に浴びせ続けているのに、結界が壊れないのはどういうことなのか。

 そんな疑問に答えるように姫が話を続けた。


「私はいくつもの希少なスキルを所持しています。そのうちの一つが【英雄の悲劇】です。これは勇者様の死を目撃するたびに、力が増すというものです」


「なんだと……」


 俺は舌打ちする。

 それが本当なら、かなり厄介な能力であった。


「さらに【継承者】によって、死んだ勇者様の能力を部分的に引き継げます。ただし、私が手を下すと効果がありません。あなたのおかげで大量の能力が得られました」


 姫が言い終えると、彼女を中心に大爆発が起きた。

 半径二十メートルにいたサメが即死する。


 土煙が舞い上がる中、姫が疾走を始めた。

 猛スピードで俺のもとへ接近している。


(不味い……ッ!)


 俺は咄嗟に身を投げ出す。

 後頭部を掠めるような軌道で蹴りが炸裂し、樹木を粉砕するのが見えた。


 着地しながら転がって姿勢を立て直すと、姫がぎらついた笑みで立ちはだかっていた。

 赤く染まった片目が魔力の輝きを灯している。


 ――本番は、これからのようだ。

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