第84話 サメ術師は勇者達を包囲する

 まずは勇者達から距離を取る。

 大きく迂回して、木々の合間から観察することにした。

 常に複数のサーチ・シャークで向こうの動きを確認する。


 俺の得意な間合いはやはり遠距離だ。

 多数のサメを操作し、身を晒さずに攻撃し続けるのが常套手段である。


 もちろん敵の接近にも対策できるようにする。

 ガーディアン・シャークを筆頭に数種のサメを装備していた。

 咄嗟に反撃できるだけの備えはある。


(接近させるつもりはないけどな)


 俺は木々の合間から煙幕地帯を睨む。


 勇者達は次々と数を減らしている。

 防御担当であろう勇者に限界が訪れているのだろう。

 絶え間ない強酸のシャワーに、噛まれればゾンビになるサメの強襲だ。

 視界が閉ざされた中でそれらに対処しなければならない。


 しかも彼らは操られた状態で、咄嗟の判断能力に欠けている。

 臨機応変に行動できないのはあまりにも致命的だった。


 煙幕の中でサメ達も殺されているが、微々たる被害である。

 足りなくなれば召喚して追加すればいいだけだ。

 魔力量はまだ潤沢で、消耗を気にすることはないだろう。


(今のうちにいくつか手を打っておくか)


 俺はこの戦場にさらなるサメを放ち、どんな状況からでも逆転できるように細工をする。

 何が起こるか分からないので、遠慮なく仕掛けていった。


 そうして準備を進めているうちに、俺はあることに気付く。


(アティシアはどこだ?)


 やけに静かだと思ったら、彼女が不在なのだ。

 周りを見渡すと、アティシアは姫と対話していた位置に佇んでいた。


 虚ろな横顔で、口は半開き。

 何も考えていないかのような表情である。


(まさか、姫に操られているのか?)


 俺はレジスト・シャークで精神干渉を防いだ。

 しかし、彼女には何も持たせていなかった。

 幸運スキルで身を守っているため、問題ないと考えていたのだ。

 本人も大丈夫だという自信があったに違いない。


 しかし、実際はあれだけ無防備な姿勢で立っている。

 何らかの能力を受けて行動不能になっているのは明らかであった。


(……まあ、好都合か)


 俺は一匹のサメをアティシアのもとへと向かわせる。

 助けるためではなく、喰い殺すためだ。


 どうせアティシアは何か企んでいる。

 土壇場で作戦を崩されるくらいなら、ここで退場させるのがベターだろう。

 最終決戦で戦力が減るのは惜しいものの、元から仲間とは言い難い存在である。

 ちょうど無防備なのだから殺してしまう方がよかった。


 サメは背後からアティシアに噛み付こうとする。

 その時、煙幕地帯から何かが飛来してきた。


 高速回転するのは剣の破片だろうか。

 たぶんサメと勇者の戦いで折れたものだ。


 破片がアティシアの頬を掠めるようにして抜けて、サメの眼球に炸裂した。

 そのまま奥までめり込むと、サメは動かなくなった。

 たぶん破片で脳を破壊されたのだろう。


(これが幸運スキルの真骨頂か……)


 普通ではありえない光景だ。

 アティシアの固有スキルが引き起こしたものと思われる。


 彼女の【運命誘導】は望んだ結果を引き起こす。

 デフォルトでは身を守るように設定している。

 それによって、危険分子であるサメが排除されたのだ。


 一見すると簡単に倒せそうだが、なんだかんだで厄介であった。

 姫が指示しなければ動かない様子だし、アティシアは放置した方が良さそうだ。

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