第54話 サメ術師は手を結ぶ

(上等だ。そっちがその気なら、俺だって利用してやる)


 割り切って考えるタイプの人間は悪くない。

 感情的になる人間より、よほど気が合うはずだ。


 この勇者はどうにも鬱陶しい性格だが、友好的な態度は見逃せない。

 話してみた印象だと、少なくとも俺を罠にはめたいわけではなかった。

 本当に自分の目的のために行動し、その一環として俺を仲間にしたがっている。


(……正直、単独行動にも限界がある。協力者としては申し分ないかもしれない)


 今の俺は、王都を壊滅させた凶悪犯だ。

 どれだけ恨まれても足りないほどだろう。


 その中で強い能力を持つ人間と同盟を組める機会は貴重である。

 一蹴するのはもったいない。


 意を決した俺は、手を打って話をまとめにかかる。


「あんたの目的は世界平和。そのために勇者召喚を止めようとしている。だから俺と手を組みたい。そういうことでいいんだな?」


「はい、その通りですねー。お恥ずかしい話、私の能力は攻撃向きではないのですよ。だからサメ男さんの力を借りたいのです」


 勇者は囁き声で言う。

 別に他に誰もいないのだから、そんなことをしなくてもいいのだが。

 それより気になる言葉があった。


(攻撃向きではない……?)


 勇者の能力は未だ辺り一帯を捕捉している。

 シェルター・シャークも対象となっていた。


 現状、何の害もないように思う。

 攻撃向きでないのなら、もっと別の効果なのだろうか。


 俺は考察もそこそこにして、直接訊くことにした。


「どんな固有スキルなんだ」


「望んだ形に運命を捻じ曲げる能力です」


 勇者はあっさりと答える。

 俺は予想外の言葉に思考停止した。

 それを察したのか、彼女は悩ましい様子で補足する。


「まあ、そこまで万能じゃないですけどね。あまりコントロールが利きませんし」


 ぼやく勇者は、自らの能力の説明をする。


 彼女の固有スキルは、本人の望んだ方向に事象を流すのだという。

 もっと簡単に言うと、とても運が良くなる能力らしい。


 たとえば探し物がすぐに見つかる。

 散歩をしたくなると、雷雨は消えて晴天になる。

 誰かに攻撃されそうになっても、何らかの偶然が重なって失敗する。

 俺の居場所を見つけたのも、能力の影響らしい。


 ただし、能力のリソースには限りがあるそうだ。

 一度に複数の望みを叶えようとすると、それぞれの成功率にブレが生じる。

 だからデフォルトで身を守る方向に全振りして、これによって自衛しているのだという。

 欠点はあるものの、実に汎用性が高く、優秀な能力であった。


「そんなわけで、私のことはラッキーガールと思ってください。サメ男さんの役にも立つはずですよー」


 勇者の言う通りだ。

 決して派手な能力ではないが、間違いなく便利である。

 同行者としては最高だろう。


 これでおおよその行動指針まで合致している。

 偶然とは思えない出会い……いや、これこそが彼女の能力による結果か。

 世界平和を実現させるに相応しい相棒を見繕ったわけだ。


 一方、勇者は俺が着ける装備をじろじろと観察する。


「サメ男さんは、サメを生み出す能力ですかね? 色んな種類を操れるみたいですごいです」


「まあそんなところだ」


「私のは聞いておきながら、詳しくは教えてくれないのですね」


「まだ信用していないからな」


「まあいいでしょう。それも仕方ないです。私って胡散臭いですし」


 息を吐いた勇者はゆっくりと立ち上がる。

 そして、爽やかな笑みで手を差し出してきた。


「アティシア・サンです。よろしくお願いしますね、サメ男さん」


「……こちらこそよろしく」


 俺は彼女の手を握り返した。

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