第52話 サメ術師は提案される

(怪しすぎる。本当に何なんだ)


 俺はだんだんと不気味なものを感じ始めていた。


 何らかのスキルを使われたわけではない……と思う。

 アーマー・シャークはそういった干渉にも敏感だ。

 魔術的な効果だろうと防いでくれるし、無理だとしても何らかの反応はするはずだった。


 だから気味が悪いのは、勇者が自前で持つ雰囲気だろう。

 俺を敵と見なしていない。

 むしろ友人のような接し方である。


 こちらの殺気には気付いているはずで、鮫銃だって認識している。

 それなのに何の動揺もしない。


 何らかの行動に出るべきか。

 いや、それこそが勇者の狙いかもしれない。

 だとすれば一体どうすればいいのだろう。


 瞬時に様々な考えが巡る。

 俺は必死になって考えて、そこで忘れていたことがあることに気付く。


(そうだ、あれを使えばいいんだ!)


 俺はステータスから【勇者殺し】を発動する。

 これによって勇者と戦う際に能力値に補正がかかり、さらに勇者の能力が大まかに分かるようになる。


 現状、後者がとにかく重要だった。

 なぜ使っていなかったのだと己を殴りたくなる。

 動揺で気付かなかったのだ。

 多彩なサメ能力を過信し、すっかり頭の中から抜け落ちていたのもある。


 さっそく【勇者殺し】を発動した俺は、無防備に佇む勇者を見る。

 勇者はこれ見よがしにポーズを決めるがそれは無視だ。


 数秒の注視によって得られた情報は二つ。

 まず勇者の能力は既に発動している。

 そして、周囲のあらゆる存在に干渉していた。


 もちろんその中には俺も含まれている。

 何の影響もないように感じられるが、彼女の能力は俺をしっかりと捉えていた。


(最悪だ。だからあんなに余裕なのか)


 俺は舌打ちする。


 勇者の能力は未だ不明だった。

 どういう作用をするのか分からない。

 しかし、いつでも俺に仕掛けられるという事実だけで十分だろう。


 俺は思わず何歩か後ずさる。

 それで能力の範囲外に出られるわけではない。

 勇者のスキルは付近一帯を網羅していた。

 どこまでの射程があるのか見当もつかなかった。


「疑り深いですねー。だからこそ生き残ってるんでしょうけども」


 勇者は満面の笑みで言うと、スキップで近付いてくる。


 俺は息を呑んで、反射的に鮫銃を撃とうとする。

 ただ、なんとなくそれは不味い気がした。

 致命的な何かが起こる予感があったのだ。


 震える指を引き金から離した俺は、覚悟を決めて勇者を睨み付ける。

 こうなったら情けない態度は捨てよう。

 いざという時は全力で攻撃する。

 それまでは何もしない。


 握手ができそうな距離までやって来た勇者は、楽しそうに微笑した。

 そして、上目遣いに俺を見つめてくる。


「ねぇ、サメ男さん」


「俺のことか?」


「他に誰がいるんですか、もう」


 勇者はわざとらしく頬を膨らませると、ゆっくりと右手を差し出してきた。


「我々は運命の出会いを果たしました。よかったら一緒に世界を平和にしませんか?」

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