第51話 サメ術師は勇者と対話する

 俺は随行させるサーチ・シャークを注視する。

 光点の位置を把握して、その方向に意識を集中させた。


(あいつか)


 夜の草原を、明かりも持たずに歩いてくる人影がいる。

 近付いてくるほどに容姿がはっきりとしてきた。


 白い衣服を着た若い女だ。

 だいたい二十歳くらいで、金髪のボブカットである。

 おそらく目は青いだろう。

 つまり日本人ではない勇者であった。


 その勇者は荷物を持っていない。

 武器や防具といった装備もなく、無防備に歩いていた。

 表情までは確認できないが、とても警戒しているようには見えなかった。

 少なくとも戦いをする人間の構えではない。


(いや、あれも油断を誘うためのポーズかもしれない)


 俺は改めて気を引き締める。

 シャドウ・ガン・シャークを十匹ほど召喚し、地面に潜らせて移動させた。

 そのまま勇者を包囲する陣形を組ませる。


 これでいつでも奇襲が可能だ。

 ブースト・シャークの効果が適用されているため、高火力の銃撃を叩き込める。

 よほど回避や防御に優れた勇者でない限り、致命傷を与えられるはずだった。


 しかし、いきなり攻撃するような真似はしない。

 相手の固有スキルを見極めてからだ。


 勇者は隙だらけな姿で俺に接触しようとしている。

 何らかの策があるに決まっていた。

 攻撃させることで真価を発揮するタイプの能力かもしれない。

 そういった固有スキルも存在している。

 だからこそ、準備は怠らないが迂闊な攻撃も控えたいところだった。


 勇者はのんびりと歩き続ける。

 彼女は二十メートルくらいの距離で口を開いた。


「あのー、あなたがサメの人ですか?」


「それ以上は近付くな」


 俺は鮫銃を向けながら返す。

 装填してあるのはバレット・シャークだ。

 どれだけ狙いが下手でも自動追尾で命中する。

 体内にぶち込めば即死だろう。

 大臣のように悲惨な末路を辿ることになる。


 脅しを入れる俺に対し、勇者は一切の緊張感を見せない。

 立ち止まった彼女は両手を広げて無害をアピールする。


「ご安心ください。私は敵じゃないですよー」


「それを判断するのは俺だ」


 俺は引き金から指を離さずに言う。


 すると勇者は首を傾げた。

 なぜか誇らしそうに胸を張っている。

 敵意は無さそうだが、それが逆に不審だった。


(くそ、掴みどころがない奴だ……)


 殺意のある勇者は分かりやすい。

 すぐに能力を使うし、それに対処すればいいだけだ。


 現在、俺が対峙する勇者はすべてが不可解だった。

 この状況でふざけた態度で、余裕に満ち溢れている。


 俺に殺されない自信があるのだろうか。

 つまりそれだけ強力な能力を持っている。

 無駄なやり取りを楽しめる程度には勝利を確信しているのだ。


(ここは逃げるべきか?)


 ブラフかもしれないが、希望的観測に縋るのは危険すぎる。

 鮫銃の照準を勇者に合わせながら、俺は質問を続けた。


「俺を殺しに来たのか」


「だから違いますって。ちょっと仲良くなりたいだけなのです」


 勇者は胸に手を当てて述べる。

 彼女は歩みを再開させながら語り出した。


「私はあなたに感謝してます。王国の勇者召喚システムを壊してくれたんですから。そろそろどうにかしたかったんですよねー。あとはバックアップ装置さえ壊せば、当分は勇者が呼べなくなります」


 勇者は饒舌に喋る。

 随分と楽しげな口調だが、その内容はあまりにも不穏だった。


「……お前は、一体何者なんだ」


「警戒しないでください。私はこの世界でハッピーに暮らしたいだけの小市民ですよ」


 胡散臭い笑みの勇者は、あまり洗練されていない一礼を披露した。

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