第38話 サメ術師は立ち去る

「俺に関わるな。追跡しようとすれば容赦はしない」


 余計な問答は不要だ。

 隙を与えることに繋がりかねない。


 俺はシャドウ・シャークを召喚すると、口内に入ろうと片脚を突っ込む。

 その時、黒髪の少女が叫んだ。


「ま、待って!」


 少女は真剣な表情だが、殺気は感じられない。

 無視できない迫力を発していた。


 数秒の思考を経て、俺は警戒心を解かずに応じる。


「何だ」


「あなたは一体……何が目的なんですか?」


「クソッタレ共に報いを受けさせたいだけだ。そして平穏な生活を取り戻す」


 俺が求めるのは、日本での生活だった。

 あの日々に帰りたい。

 殺人者となって復讐に染まる自分なんて早く捨て去りたい。


(そう、自己嫌悪だ。今の俺は醜い)


 大好きなサメということで誤魔化してきたが、現実と映画は違う。

 俺は怪物を従わせて人間を餌にしていた。

 相当に悪辣であり、さらに犠牲を増やそうとしている。


 だが、逃げ続けることなどできない。

 求めているばかりではどうにもならないからこそ、こうして行動に出た。

 目的のために非情になる決意を固めたのである。


 復讐はその一環に過ぎなかった。

 今後の憂いを断ち、未来へと進むための過程である。


(俺は元の世界に帰還する。それまでに死んでたまるか)


 周囲に展開していたサメに指示して、手を振りながらシャドウ・シャークの中に滑り込む。


「近付けさせるな。喰い殺してもいい」


 命令を受けたサメ達は、残る勇者達に殺到する。

 その間に俺はシャドウ・シャークと共に地面へと潜ってその場を離脱した。

 身を任せて移動に専念する。


 体感時間として三十分くらいが過ぎた頃、ようやく俺は地上に出た。

 そこは山の頂上だった。

 見晴らしが良く、遥か彼方の景色まで望むことができる。


 辺りを見回しているうちに俺は気付く。

 夜の草原の只中で、途方もないサイズの物体が蠢いている。

 スコープ・シャークに暗視機能を付けて確認すると、それは逆立ちした巨大ザメであった。


 全身が魔法陣から出たサメは、尾びれを動かして暴れている。

 そこにあったはずの王都は存在しない。

 移動している間に丸呑みが完了したようだった。


(まずは第一段階を突破したか)


 俺はサメに腰かけながら息を吐く。

 気付けば手が震えていた。

 それを隠すように力いっぱいに力を込めて、歯を食いしばって夜空を見上げる。


 ――その日、召喚された巨大ザメによって王都は消滅した。

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