第36話 サメ術師は迎え撃つ

 勇者達はサメに喰われた仲間を目撃して驚愕する。

 一瞬だけ硬直するも、それから思い出したようにリアクションを見せた。


「エマ!」


「この、クソ野郎がッ!」


 双剣使いの男が殺気に満ちた声で吼えると、ついに俺に向かって突進してきた。

 衝撃波を散らしながら接近する。

 間合いを詰めて斬りかかってくるまでに五秒もかからないだろう。


 しかし、俺に焦りはなかった。

 凄まじい速度で迫る男を見ながら、心は落ち着いていた。


(怒りで冷静さを失ったな)


 その時点で俺の勝ちだ。

 増援を呼ばれるのが嫌で殺したが、こうして突進を誘発できたのは運が良かった。


 他の勇者達は慌てており、男の後を追う様子はない。

 一網打尽にできれば最高だったが、さすがにそこまで甘くなかった。


 俺はスキルを操作する。

 周囲に待機させたサメのうち、計五体のスピア・シャークの喉から槍が覗いた。

 それらは軽い空気の破裂音を響かせると、男へと発射される。


「当たるかよッ」


 立ち止まった男は飛んできた槍を双剣で残らず弾き落とす。

 死角からの一撃も完璧にガードしていた。

 無傷でやり過ごした男は突進を再開する。


 一連の動きは異様であった。

 ステータスの能力値や技量だけの結果とは思えない。


(剣術や防御のスキルか)


 考えられるとすればそれしかないだろう。


 俺は禁書庫の資料に目を通している。

 誰がどのスキルを持っているかは憶えていないが、何の能力があったかはそれなりに把握していた。


 勇者は固有スキルだけでなく、汎用性の高い能力も取得している。

 基礎部分から一般人とは異なるのだ。

 だから仲間と協力した方が総合的に強いものの、ある程度のワンマンプレイでも実力を発揮できる。


「うおおおおおおおぉッ!」


 男はすぐそばまで迫り、双剣を掲げていた。

 他に特殊な攻撃を使いそうな気配もない。

 どうやら純粋な戦士タイプの勇者らしい。

 男は勝利を確信した顔をしている。


(甘いんだよ)


 俺は地面に隠して召喚していたサメの上に乗ると、滑るようにして後方へ退避した。

 周囲を包囲していた結界は、いつの間にか消滅している。

 双剣使いの突進に合わせて他の勇者が解除したのだろう。


 舌打ちした男がすぐさま追い縋ってくる。

 その背後からスピア・シャークが追加の槍を飛ばすも、いとも簡単に防がれてしまった。


「悪あがきしてんじゃねぇよ!」


 怒鳴る男が、俺に斬りかかるために踏み込もうと動く。

 その足元からカチッ、と小さな音が鳴った。


「――あ?」


 男が怪訝そうな顔をする。

 次の瞬間、地面から噴き上がった爆炎がその全身を包み込んだ。

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