第34話 サメ術師は勇者と話す

 勇者達がついに俺のもとまでやってきた。

 ただし三十メートルほど離れた地点で足を止めていた。

 それ以上は近付いて来ようとしない。


 辺り一帯に顔を出すサメを警戒しているのだろう。

 俺の能力の間合いに入るのは危険だと判断している。


(さすがにそこまで間抜けじゃないか)


 もっとも、巨大ザメとの位置関係を考えれば、間合いの考察なんて無意味だった。

 彼女達のいる場所も危険地帯だ。

 たぶんそこまで頭が回っていないか、防御するだけの自信があるのだろう。


 やってきた勇者達は、男が三人と女が二人。

 黒髪は男女一人ずつだった。

 共に日本人らしい見た目なので、こいつらは勇者でほぼ確定だろう。


 残りは西洋人である。

 この世界の住人か、地球から来た異世界人かは判断が付かない。

 五人のうち黒髪の少女が俺に話しかけてきた。


「あなた……確か一緒に召喚された人よね」


「君も勇者だな」


「そうよ。ここにいる皆、全員が異世界人ね」


 顔に覚えがないが、少女は俺のことを知っていたらしい。

 たまたま顔を記憶していたのだろう。


 俺は資料の内容を思い出す。

 顔写真が載っていたわけではないので、相手が誰か分からない。

 たぶん名前を訊いても思い出せないだろう。


(それにしても、向こうは全員が勇者か)


 俺は舌打ちしたい気分になる。

 悪い予感が当たってしまった。


 しかも数人は戦い慣れた雰囲気である。

 おそらく俺より先輩――すなわち第八期以前の勇者だろう。


 武装等から戦闘スタイルが推測できればいいが、決め付けは良くない。

 あらゆる可能性を想定して動く方が確実だ。


 俺達は黙って睨み合う。

 迂闊に手を出すのは危険だとお互いに理解していた。


 向こうも俺の能力を警戒している。

 この騒ぎの元凶だと察しているからだ。

 だからこそ軽率な行動が死に繋がると分かっているはずであった。


 張り詰めた沈黙を打ち破ったのは、またしても黒髪の少女だった。


「ステータス検査で連れて行かれた人は強化訓練を受けていると聞いたけど、なぜここにいるの」


「強化訓練?」


「ええ、勇者になる力を補うためのプログラムよ。あなたはそこから逃げ出したのね」


 少女の話を聞いて、俺は強烈な吐き気と嫌悪感を催す。

 あんなものは訓練ではない。

 きっと王国が嘘を並べたに違いなかった。

 本当のことを言えば反感を買う。

 だから、役立たずを処理するための言い訳を作ったのだろう。

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