第32話 サメ術師は奇襲を受ける

 迎撃役の勇者が全滅した。

 魔術師の遠距離攻撃もなくなり、巨大ザメは完全にフリーとなった。


 ゆっくりと口を閉じて、王都が外壁から牙に押しやられて崩壊していく。

 大地ごと抉られて呑まれようとしていた。

 既に王都の大部分が巨大ザメの口内に隠れており、正攻法での脱出は不可能だろう。


 内部の人々はただ喰われるのを待つのみだ。

 放っておけば新たな属性も取得できるし、レベルも追加で上がってくれるだろう。


(さて、俺もそろそろ離脱するか)


 目的はほとんど達成できた。

 王都の崩壊は見届けるつもりだが、離脱の準備くらいは進めておくべきだ。


 そう考えて逃走用のサメを召喚しようとしたその時、すぐそばの地面に矢が刺さった。

 深くめり込んだそれは、発光する強烈な魔力を帯びている。

 続けて同じような矢が何本か周りに突き立った。

 いずれも命中していないものの、明らかに俺を狙っているようだった。


(何だ……っ!?)


 今まで冷静だった俺もさすがに動揺する。

 不意の攻撃に恐怖がぶり返しそうだった。


 それも仕方ないだろう。

 矢の狙いが一メートルほどずれるだけで、俺に命中していたのだから。

 そして絶命していたのではないか。


 発光する様子を見るに、魔術的な効果が付与されている。

 貧弱な俺のステータスではまず耐えられない。

 矢が当たらずに済んだのは純粋に運が良かったからだった。


「こっちだ! 隠密スキルの反応があるっ」


 王都方面から誰かが走ってくる。

 月明かりに照らされるのは複数の人間だ。

 彼らは真っ直ぐとこちらへ向かっている。


(不味いな。勘付かれたか)


 きっとあれは勇者だ。

 巨大ザメの術者を探していたグループである。


 もはや手遅れだというのに、俺の居場所を嗅ぎ付けたらしい。

 そのうち一人が、探知系の固有スキルを有しているのだと思う。


 さっきの叫びを聞くに、アサシン・シャークの隠密能力そのものを察知しやがった。

 普通とは異なる系統から存在を掴んできたのだ。

 まったく厄介極まりなかった。


 俺はすぐさまアサシン・シャークに指示して、この場から逃げ出そうとする。

 ところがアサシン・シャークは戸惑うようにして動かない。

 鼻先を左右に振るばかりで、進もうとしなかった。


 召喚したサメが理由もなく命令に逆らうはずがない。

 不審に思った俺は、目を凝らして進路を確かめる。


「あれは……」


 よく見ないと分からないが、薄いガラス板のような物体が付近一帯を包囲していた。

 手を伸ばして触れてみるとかなり頑丈そうだ。


(結界か。やられたな)


 こちらの位置を把握した勇者達が、逃げられないように封鎖したらしい。

 破壊には時間がかかりそうだ。

 その間に勇者達が駆け付けてしまう。

 影を移動できるシャドウ・シャークでも潜り抜けられそうになかった。


(やるしかないか)


 本当はさっさと撤退すべきだが、逃がしてくれそうにない。

 ここは覚悟を決めた方がよさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る