第6話 サメ術師は捕食を目の当たりにする

 鮮血が散る。

 無数の牙がミノタウロスの腰に食い込んだ。

 強靭な外皮と筋肉が破れて噛み千切られようとしている。

 ごりごり、と鈍い音が鳴るのは、骨と牙が擦れ合っているのだろう。


「は、ははっ……」


 俺は乾いた笑いを洩らす。

 望んだ通りにサメが出現して、ミノタウロスという怪物を喰い殺そうとしている。

 モンスター同士の壮絶な捕食劇が、目の前で繰り広げられていた。

 もう笑うしかないだろう。


 サメが丸呑みする気だというのはすぐに分かった。

 大きさ的にも絶対に不可能ではない。

 ミノタウロスもそれは察したらしく、咄嗟に棍棒を捨てると、閉じようとするサメの口を押さえ込んだ。

 牙が手のひらを貫くのも構わず強引に開こうとする。


 みしみしと両者の間で軋む音が鳴っていた。

 パワーが拮抗しているのだ。

 いや、ミノタウロスの腰に刺さった牙が抜けて、さらに口が開かれようとしている。

 サメの口端が裂けて出血し始めていた。


(力勝負になると勝てないのか?)


 俺は焦る。

 召喚したサメが劣勢なのだから当然だ。

 これでサメが殺されたら本当に終わりだった。


「頼む、勝ってくれ!」


 俺は必死に声援を送る。

 それが効いたのか、サメは負けじと対抗を強めた。


 全身を魔法陣からさらにせり上がらせると、その勢いで無理やりミノタウロスを呑み込んでいく。

 サメは絶妙なバランスで直立していた。

 魔法陣に埋まり込んだ部分を支えとしている。

 ミノタウロスは、もはや牛の頭くらいしか見えない状態となっていた。


 直後、サメの牙が再び閉じようとする。

 ミノタウロスは懸命に食い止めようとした。

 しかし手のひらを貫いた牙は、その巨躯に容赦なくめり込んで抉っていく。


「そう、だ。行け」


 サメの口が閉じていく。

 ミノタウロスの肘がだんだんと曲がってきた。

 首筋にも牙が触れつつある。

 その顔に焦りが浮かんだ。ざまあみろ。


「殺せ! 喰い殺せッ!」


 サメの牙がミノタウロスの首を裂いた。

 筋肉を割るようにして潜り、さらに食い込んでいく。

 頸動脈が切れたのか、勢いよく血が噴き上がった。

 ミノタウロスが情けない咆哮を轟かせる。


「噛み殺せッ! 死ね!」


 牙がミノタウロスの首を半ばほど切断していた。

 圧力がかかりすぎて、頭部が奇妙な方向に捩れ始めている。

 腕の抵抗は緩み、ついにはサメの口が完全に閉じられた。


 ガジィン、と牙の噛み合わさる音が響く。

 弾みでミノタウロスの生首が宙を舞った。

 食い千切られた断面から血が降り注いで俺を濡らす。


 落下してきた生首を、サメの口が上手くキャッチした。

 サメは満足そうに飲み込むと、静かに魔法陣の中へと沈んで消える。

 やがて魔法陣そのものが消えてしまった。

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