第4話 サメ術師は窮地にて覚醒する

 床から這い出てきたのは、筋骨隆々の怪物だった。

 茶色い肌で頭部が牛である。

 太い角が悪魔のように突き出していた。


(こいつが魔物か……)


 ゲームなんかで似たようなモンスターを見た気がする。

 確かミノタウロスだったか。

 少し手強いくらいの強さだった記憶がある。


「そら、出てきたぞ! さっさと倒してみろ! でなければ死ぬだけだッ」


 砦の外から騎士の声がした。

 真剣な雰囲気ではなく、明らかに囃し立てているようだ。

 他にも複数の声がするが、いずれも真面目な感じではなかった。


 耳を澄ますと「記録できているか」や「今回は鮮明に撮れる」といった言葉も聞こえる。

 ひょっとすると録画でもしているのだろうか。

 だとすれば、とんだクソッタレ共である。

 あいつらは俺達の死を娯楽としか捉えていないのだ。

 ここから生還して、勇者になれるとは微塵も考えていないらしい。


(このミノタウロスも国が飼っているのか?)


 俺が考える間にも、ミノタウロスは穴から完全に這い出てきた。

 同時に床が動いて穴が元通りに塞がれる。


 閉じ込められた人々は呆然とミノタウロスを眺めていた。

 腰を抜かしている者も多い。

 とても戦えそうな状態ではない。

 もちろん俺もその中の一人だった。


「うおああああああっ」


 最初に叫んだのは、学ランを着た少年だ。

 少年はその手から炎を扇状に放ってミノタウロスを狙って攻撃する。

 しかし焦っていたせいか、軌道上にいた何人かが巻き添えになっていた。


「ちょ、うあっ!?」


「いああああづいあああッ」


 火だるまになった人々が悶絶する。

 のたうち回るか、走り回って壁に激突していた。


 その途中、燃える彼らから特殊能力が発射される。

 雷撃が砦の壁に炸裂したり、別の青い炎が何人かを焼き殺した。


 中央に立つミノタウロスも何度も攻撃を受けているが、体表が少し焦げるばかりで大したダメージにはなっていない。

 むしろ周りにいる人間の被害の方が甚大だった。


(これだけの能力があれば勇者になれたんじゃないか? いや、スキルをコントロールできない下位互換だから不要だったのか)


 ミノタウロスが動く前から、砦内の人間の半数くらいが死亡していた。

 最初に火炎を放った少年も全身が潰れて床にへばりついている。

 たぶん重力か何かのエネルギーを受けたのだろう。


 端の方に佇む俺は、妙に冷静だった。

 これだけの惨状だ。

 嘔吐してもおかしくないのに、そういった感覚もない。

 ただ茫然と目の前の光景を眺めていた。


(そうか。現実味がないのか)


 動き出したミノタウロスを見て俺は理解する。


 棍棒のスイングが三人の男女をまとめて叩き潰した。

 引き戻した一撃でスーツ姿の中年男の首が千切れ飛ぶ。


 誰かがやったのか、ミノタウロスの背中に光る剣が突き刺さる。

 たぶんスキルで作り出したのだろうが、数秒もせずに消滅した。

 出血もすぐに止まってしまう。


 ミノタウロスが咆哮した。

 俺は震えて動けなくなり、ただ静かに絶望した。

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