良い訳ないじゃん、なんて
なんでこうなったんだっけ?
そう考えること自体が、今は現実逃避だ。
私は今川越の家に来ていて、今この家には私と川越以外いなくて。
そして私と川越は遮光カーテンが掛かった部屋のベッドの上で、抱き合って見つめあっている。
「センパイ、また何か他のこと考えてませんか?」
私の首に腕を回して下から見上げる川越が、不満げな声音で問いかけてくる。
まあ実際他のことを考えようとしていたけれど。
正直今この状況を思考の外に放り出すのは、ちょっと難しい。
私は同性愛者じゃないのに、そのはずなのに。
私に抱かれても良いと頷いた川越に、こうして誘われるまま覆いかぶさっているのだから。
これは私にとってはとても不思議なことだ。
そりゃあ確かに川越は可愛いし、一緒にいるのはそれなりに楽しくて、私は川越自身を気に入ってもいる。
でも川越を相手にこういう関係になれるような感情を、私は持っていないはずだ。
少なくとも、今のところは。
「こっちをちゃんと見てください、センパイ。いつもみたいな、ずっとひとりでいるみたいな顔はしないでください」
「いつもそんな顔、してる?」
「してます、いつも。私がそばにいるだけ、みたいな、澄ました顔をしてます」
別にそんなつもりはないのだけれど。
私の表情筋は、気を抜くと固まってしまうのかもしれない。
それは多分、これまでそうなるくらいには気を遣わずに川越と一緒にいられた証左なのだけれど。
それを今言うのは、なんだか違う気がした。
でも半分くらいは伝えないと、川越はまた俯いてしまうかもしれないから……。
「そんなつもりはなかったんだ、ホントだよ。川越と一緒にいるのは、楽しいもん」
だから、そんな顔をしないでほしいな。
そんな不安げな、必死な顔で、私を見つめないでほしい。
もちろんそんな表情だって、可愛いとは思う。
けれどその表情は、私の中の何かをザワつかせる。
「嬉しい、ですけど……センパイってたまに、驚くくらい直球ですよね」
「頭使うのって疲れるし、まだ私は子供だから」
女の子の上に覆いかぶさっていて、女の子に覆いかぶさられているこの状況で。
私たちふたりは笑みを浮かべている。
なんだか急に今が優しい時間になって、空気が軽くなった。
「…………愛言、本当に、したい?」
名前を呼んで、頬に触れた。
それだけで川越の頬は紅く、熱くなる。
期待してるの、丸わかり。
今更訊くことでも、なかったかな。
「センパイ、キス、してほしいです」
そういうところ、やっぱり嫌いじゃないな。
そう思ったけれど、それを口にすることはなくて。
私は、ゆっくりと川越と唇を重ねた。
触れるだけのキス。
啄むでも、舌を絡ませるでもない、子供のキス。
それだけで川越は、やっぱり頬を紅くして、潤んだ瞳で私を見上げるのだ。
私は今、多分大きな過ちを犯そうとしている。
大嫌いなあの人と同じようなことを、今私はしようとしている。
その疚しさを、臍の下でうねる不機嫌な黒い何かを無視して、私はもう一度川越と唇を重ねた。
川越の息が漏れて、背中を緩く掴まれる。
私の背中に回した腕が、キスで反応するのがよく分かる。
キスをする度に、怯えたように強く目を瞑る川越は、やっぱり眺めている分には、とても可愛い。
「センパイこそ、いいんですか? 私と、出来ますか?」
少しだけ息を整える時間があって、それから。
不安そうな、けれど生意気な笑みで口角を上げて、川越は私に問うてくる。
良い訳ないじゃん、なんて、今更言えない。
ここまでしたならもう、どこまで行っても同じだ。
だって私はきっと。
川越を傷付けるか、私が傷付くか。
どちらかでしか終わらないであろう道を、選んでしまったから。
何も言わずに、川越の首筋に、鼻をうずめてみる。
川越は一瞬身体に力を込めて、小さく声をあげそうになって。
けれど抵抗しようとはしなかった。
ゆっくりと空気を吸い込んでみれば、汗のにおいと、そこに混じった甘い香り。
女の子のにおい。
こんなにおい、あの人からはしなかった気がする。
腰の辺りに、服の上から触れてみる。
最初はやっぱり身体に力が入るけれど。
撫でるように触れ続けていると、川越は何度も小さく声を上げる。
触られることに慣れてないみたい。
ハジメテって、こういうもんだっけ?
私は自分のハジメテを、ちゃんと覚えてないから。
だから川越のハジメテは、川越がちゃんと覚えていられるような、そういうモノにしてあげたいな、とか。
場の雰囲気に流されて、そんなことも考えちゃったりして。
「センパイ、ごめんなさい……」
服の上から色々なところに触れて、確かめて、川越にも私に触れさせて。
素肌に触れる段になったところで、川越は震える声でそう言った。
なんで謝るの、とか。
怖くなったの、とか。
まあ色々と言おうと思えば言えるんだろうけれど。
それをせずに黙って受け入れるくらいは、してもいいだろう。
ハジメテなんて、怖くて当たり前で。
ここに至るまでの経緯が特殊で。
しかもこれは、私の八つ当たりの延長だし。
ならば便利な日傘にだって、それを口にするくらいの権利はあるはずだから。
私は微笑んで、キスをして、けれど何も答えない。
優しく触れる、優しく愛する、それだけしかしなかった。
薄暗い部屋でもハッキリわかるくらい、川越はちゃんと女の子だ。
細いけど、柔らかくて、丸い。
肌も白くて、ああ、綺麗だな、って。
そんな溜息が出るくらい。
「愛言……」
別に理由もなく名前を呼んでみる。
それに川越は耳や口だけではなく、全身で応えてくれる。
ああ、こういうのに弱いんだ、とか。
分かっちゃうともうダメで。
私は川越に優しく振れながら、優しく名前を呼んでみる。
愛言、可愛いよ。
愛言、綺麗だよ。
可愛いね、可愛い、気持ちいい?
耳のそばで小さく囁くだけで、川越は面白いくらいに反応を見せて。
泣きそうな顔になりながら、全部に反応して、声を噛み殺して、私の制服を強く握る。
それが可愛らしくて、楽しい。
それからしばらく、私は川越の身体と耳を、愛し続けた。
喉が渇いたな、と思って時計を見れば、いつの間にか一時間と少しが立っていて、ちょっと驚いたりして。
時計から川越に視線を移せば、川越は顔を真っ赤にして、息も絶え絶えで。
それを見て、ああ、あの人はこういう風になっている私を、見てたんだな、とか。
ちょっと優越感みたいなの、あるなぁ、とか。
また現実逃避みたいに、あの人のことを考える。
それが伝わったのかもしれないし。
別に何も伝わっていなくて、ただおねだりをして来ただけなのかもしないけれど。
川越は私の首に回した腕で私を引き寄せて、強く抱きついてくる。
私はそれに応えて、片腕で川越を抱きしめた。
以下略、というか。
結論から言えば、私と川越は、しっかりと女同士で出来る“そういうコト”を、最後までした。
私は女の子とそういうコトをするのは初めてだし、川越はそもそもそういうコトが初めてだし。
色々と拙かった自覚はあるけれど、それでもまあ、やるコトはやってしまったわけだ。
そして事後の今、ほぼ全裸の川越は、私に強く抱きついたまま、離れない。
動きにくい。
「センパイ、大好きです」
「はいはい」
何度目かも分からない、愛の言葉。
最中もずっと、泣いて叫ぶように、川越はこれを口にし続けた。
言いながら川越は、まるで猫や犬がじゃれつくみたいに、身を擦り寄せて来る。
それを引き剥がさないのは、やっぱり女の子という生き物が可愛いからだ。
私はやっぱり、同性愛者じゃないけれど。
それでも女の子は可愛いと思う。
見知った相手なら、いつも一緒にいる可愛い後輩なら、尚のことなのかもしれない。
「そろそろ良い時間だし。着替えなよ」
「もう少しこのまま、いさせてください」
ワガママだなぁ、なんて。
自分の口角が上がるのが自覚できて、息が漏れるのがわかった。
可愛いモノを可愛いと思うのは、なるほど楽しい。
気付けば私の中にあった黒い何かは、臍の下から綺麗さっぱり消えていた。
実際には消えていないのかもしれない。
この感覚も、思考も、ただの現実逃避なのかもしれない。
けれど少なくとも、川越とのこの時間で、私の八つ当たりは終わった。
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