ずっとひとりの人。



私の通う学校には、王子様と呼ばれる人が存在する。



そして私の通う学校は共学高校のくせに、王子様と呼ばれているのは女子生徒だ。


三年生の、カサハタ ウタノ。


腰まで伸びた白髪に、アジア人離れした整った顔立ち、なんでもどこかの国と日本のハーフだという。


身長は170を軽く超えていて、ルックスはかなりの高得点をたたき出している上、それに加えて本人の物静かさ、ミステリアスさと、人の中心にいつの間にかいたりすることがある愛想の良さが人気の秘訣だそうだ。


けれどそんな周りの語るカサハタ ウタノは、私の知る限りでは存在しない。



まずカサハタ ウタノはハーフではない、クォーターだ。


……これはちょっと細かいかもしれない。



ルックスは確かに良い、容姿を箇条書きにしてそういう創作のキャラクターだと説明しても、だいたいの人には通るだろう。


けれどミステリアスでも、物静かでもない。


怠惰で、間が抜けていて、ついでに気も抜けていて、何も考えていないのが、カサハタ ウタノだと、私は知っている。



何よりカサハタ ウタノは……笠幡センパイは、いつもひとりでいる人だ。


どんなに周りに人がいても、ずっとひとりの人。


こうして私と一緒に歩いていても、ひとりでいるような顔をしている人。




そうだ、センパイは基本的にひとりでいる。


望んでそうしているのか、結果的にそうなっているのかはわからないけれど。


ただ何度か学校で見掛けた時、クラスメイトに囲まれている時でも、やっぱりセンパイはひとりだった。


周りに人がいることと、センパイがひとりでいることは、矛盾しない。


こうして一緒に歩いている時でも、それは変わらない。


それはなんだか、少しだけ、面白くないかもしれない。


いつもの事だけど。




「センパイ」



「なぁに」




気の抜けてゆったりとした、眠たげな声。


目を覚まさせてやろうと悪戯心が顔を出して、今日仕入れたとっておきの情報でつついてみようと思った。




「センパイって、元文芸部だったんですね」




声に負けないくらいゆったりとしていたセンパイの足取りが、ピタリと止まった。




「……なんで知ってるの?」




心底驚いた、という顔に、思わず笑みがこぼれる。


だってセンパイのそんな顔、普段は見せてくれないから。


いつだって何が起きても、そうなるのがわかっていたとでも言うような、澄ました顔をしているから。




「部誌のバックナンバーですよ、二年前の夏前のものに、センパイの名前がありました」



「ああ、そう。バックナンバーね、そうね、あるよね、そりゃ」




センパイは小さく息をついて、また歩き出した。


ゆったりとした足取りで、けれど決してふらふらとは歩かない。


そういうテンポ感が、また人目を引くのだろう。




「なんで辞めちゃったんですか?」



「向いてなかったんだ。私ってほら、根性がないから、書き続けられなくて」




嘘だと思った。


センパイはいつも何も考えてない。


だから、何も考えずに嘘をつく。


センパイが私に嘘をつく時、センパイは私の目を見て薄ら笑いを浮かべる。



そうやって、バレても他の誰かが困らないような嘘をつく。


そういう時だけ、センパイは私をちゃんと見てくれる。




「センパイの作品、私、好きですよ」



「ありがとう、もう書かないけど、そう言って貰えると嬉しいよ」




これも多分、嘘だ。


嬉しいのが嘘なのか、書かないのが嘘なのかは、わからないけれど。


でもやっぱり、嘘だ、と思った。



センパイが部誌に載せていたのは、どれも小説だった。


4000文字もない短編小説、それでも他の人よりは少しだけ長いものを何本か。


文芸部は毎年部員の数が少ないのもあって、一度に4本の短編を載せていた。



センパイの作品はどれも、ゆったりとしていて、静かで、湿っぽくて、けれど優しいものだった。


難解なようで、単純な言葉ばかりで、けれど複雑で。


読んでくれる人に、何かを伝える気があるのかないのかは、よく分からなかった。




「あの頃はさぁ」




スクランブルの随分と手前で、センパイは緩い声を上げる。


のたのたと歩くセンパイは、いつも以上になんだか気だるげだった。




「人に読んでもらってると、思ってなかったんだよね」



「読んでもらうために書いてるんじゃないんですか?」



「まさか、書きたいから書いてたんだよ。……うん、そうだね。読んでもらうためじゃなくて、書きたいから書いてた。どんなに苦痛でも、どんなに大変でも、書かずにはいられなかった」




そう言ったセンパイは、眉間にシワがよっていて。


なんだか嫌なことを思い出したというような顔だった。




「まあたったアレだけを書くのが大変だなんて、口が裂けても他の人には言えないけどさ」




眉間に寄っていたシワが取れて、苦笑いが浮かぶ。


今日は本当に珍しく、センパイの色々な表情が見れる日だ。




「でも私、やっぱり向いてなくてさ。飽きちゃったんだ、ホントに」



「そうですか…………」




この人がちゃんと念を押す、というのは、これまでなかった気がする。


センパイはいつだって言葉通りに適当で、その場その場を間違えないようにゆるく生きていける人だ。


そんなセンパイが、わざわざ浅く墓穴を掘ってまで、詮索するなと念押ししてくる。



どうしても気になった。



だから、私は……。




「センパイ、私ちょっと忘れ物をしたのを思い出したので、学校に戻ります。また、あした」




そう言って、今来た道を、戻っていくことにした。

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