まるで別の物語



妹に声をかけて、家を出た。


月曜の登校の時間というのは憂鬱だ。


行きたい訳でもない場所へ向かうのは、ただ歩く以上に相当な労力を伴う。


それが嫌だから家から近い学校を選んだのに、結局大小はともかく労力は伴うのだから、登校というものが嫌いだ。


社会人は生きていくために同じようなことを毎朝しているのだから、尊敬に値する。




でも別に、学校は嫌いじゃない。


何かしらのコミュニティに属しているという事実。


それはなんとなく安心する。



スマートフォンに繋いだイヤホンからお気に入りのアルバムを垂れ流しながら、スクランブルを通り過ぎる。



下校する時はいつも一緒の川越は、登校する時に見掛けることはまずない。


もしかしたらもっと通学に便利なルートを持っていて、帰りは私に付き合っているだけなのかもしれない。




「Harakiri」が終わったあたりで、学校の前に辿り着く。


イヤホンは外さない。


そのまま音楽を垂れ流しながら、校門をくぐり、昇降口を通り、教室へ向かう。



「Occupied Tears」を聴き終わる頃には、いつも通り教室の端の席で校庭を眺めている。



これもまたルーティンというやつだろう。



なんだか、眠いなぁ。


そう考えてぼーっとしてしまうのも、やっぱりいつも通りだ。




「笠幡、今日は何聴いてんの?」



そしてこの人が声を掛けてくるのも、いつも通り、と。



イヤホンを外して、笑みを作った。


こういう時の私の表情筋はとても器用である。




「おはよう、指扇。今日はサージ・タンキアンだよ」



「知らない……」



指扇はぱちくりとまばたきをして、そう呟いた。


サージ・タンキアンをちゃんと知ってる同世代の女子がいたら私が驚く。


というか、私が聴いているアーティストの名前を聞いて、指扇が知っていたことがない。



これもまた、いつも通りだ。




「ほら、友達が待ってるよ、行ってあげな」




指扇の後ろには、3人の女子。


私と指扇が話すのを見ながら、何やらキラキラと視線を送っている。


苦手なタイプ。



同じクラスの……誰が誰だっけ。


夏に入る前にクラスメイトの名前は一通り覚えたけれど、普段ちゃんと関わりのない相手は顔と名前が一致しない。


私って薄情なのかも知れない、ちょっと凹む。




「わわ、また昼休みにでもお話しようね、また後でね!」



何度も言い聞かせるようにそう言って、指扇は3人の所へ駆けて行った。



平和だなぁ。




その後もいつも通りだった。


授業を受けて、無難に息をして、校庭を眺めて、昼休みはひとりでふらふらと適当にうろついて。


指扇からはどこに行っていたのかとつっつかれたけれど、それもまたいつも通りだった。




放課後は図書室で時間を潰して、川越を待つ。




いつも通りだ。


先週と今日は、まるで別の物語かのように切り離されている。


私の周りが平和であってくれるなら、それ以上のことはない。


これ以上ないほど、それは幸せな事だ。




「センパイ、おまたせしました」



「川越、眠い」



「第一声がそれですか……」




私の最初の言葉に川越は、仕方ないな、という表情を浮かべた。


だって、なんだか最近、ずっと眠いのだ。


気を抜くとすぐに寝そうになる。


前からそうだった気もするし、前はこうじゃなかった気もする。




「取り敢えず帰りましょう」



「うん、そうだね」




椅子から立ち上がって、川越と一緒に図書室を出た。


いつも通り昇降口を出て、校門前で合流して、スクランブルまで歩く。



いつも通りじゃなかったのは、ここからだった。

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