それは愛だった

@yutoo6

第1話

『あんな病院で産むの?』

京都府宇治市の古びた総合病院。僕はそこで産まれた。出産の時、母は4日間の陣痛に耐え、父は仕事をずっと休んで母に寄り添ったと聞いた。

幼少期の記憶はわりとある方で、父は大きな体で僕をよく肩車してくれた。

父の仕事の関係で幼少期は兵庫県伊丹市で育った。毎日のように間近で飛ぶ飛行機を見上げて育ったのだ。

空を見るのは好きだった。青いから、飛行機がかっこいいから。僕はいつでも空を見ていた。

母も空を見るのが好きだった。飛行機がよく見える公園へ僕たちを連れていってくれた。


弟が産まれ、妹が産まれた頃、父の転勤が決まり三重県へ引っ越した。

マンションから見える景色は、梨園が広がり、どこまでも走れそうな、広大な景色。


僕はよくベランダへ出て、梨園を見下ろしていた。

父は三重の産まれなので、とても喜んでいて僕をいろんな場所へ連れて行ってくれた。

水族館、海、大きな公園、どこへ行っても母はいつも、うつむいていた。


ぼくが5歳の時だった。父は出て行き、僕たちは4人家族になった。

その頃には大好きなものなど無くなっていた。

母と弟と妹と一緒に、母の実家の京都へと帰った。母は毎日のように泣いていた。


そして、怒っていた。


お昼寝をしないと、怒鳴られ、ふとんの上から何度も殴られた。そしてまた泣いた。

ご飯の時、喧嘩をした時、ものを壊した時、何度も何度も殴られた。

父はたまに会いに来た。

そして僕たちを抱きしめてくれた。色んな場所へ遊びにも連れていってくれた。3度目の面会の時、僕に

『お母さんも大変だから、これからはお前が弟や妹の父親になりなさい。お母さんを助けてあげて。頼んだよ。』

そう言い残して、父は会いにこなくなった。



小学生になった時、母は僕に携帯を買ってくれた。

携帯に父の連絡先を登録してくれて、いつでも連絡していいと言った。

『ぱぱがんばってね』

初めて打ったメールは緊張して手が震えた。

『がんばるよ。げんきか?』

父はいつでも、何度でもメールを返してくれた。優しい言葉をずっとかけてきてくれた。


『あいたいよ』

打とうとして、やめた。

『今度運動会があるよ』

『そうか。がんばれよ。お前ならできるよ。』

やっぱりな。送らなくて良かった。そう思った。


小学1年の秋。母にどうして父が会いに来ないのか聞いてみた。

母はもぅ会えないのだと言った。父には大切な人がいて、その人を悲しませないための父の優しさだと教えてくれた。


母の話を聞きながら、怒りが押さえられず、ずっと拳を握りしめていた。


『わかってあげようね。』


僕は、爆発した。

僕はちゃんと守っていた。父との約束を。

最後の約束を。

弟や妹の面倒もみていた。

いい子にしていた。

『なんでだよ!母さんのせいだろ!すぐに謝らないから!謝れよ!すぐに!』

何度も、何度も、何度も母を殴った。


僕は覚悟を決めていた。母なら必ず殴り返してくる。何度も理不尽なことで殴られてきた。それでも母を何度も殴ったのだ。


母はごめんね。と言いながら、最後に

僕を抱きしめた。


殴られなくて痛いこともあるのだと、僕は小学校1年生でそれを知った。

もうひとつ、その時わかったことがある。それは、もぅ父に褒めてもらえることはないのだということ。

父の変わりに、弟や妹の面倒をみても、母を助けても、約束を守っていても、もぅ父がそれを知ることはないのだ。

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