第22話

 下川に椅子へ戻される。彼はそのまま扉から出て、すぐ戻る。手には首輪と鎖が用意されていた。


「これでお前のことを拘束する」

「冗談でしょ?」

「お前が白状するまでやめない」


 俺は抵抗できるほど活力が残っていない。鎖が首に繋がれて、鎖がテーブルの足に絡みつく。


「お前、千切に付きまとっていることを受け止めきれないのか?」

「それは、貴方もでしょ」

「だったら電話してやろうか」


 彼は携帯をテーブルの上に置いた、画面に表示されたのは千切と名前が振られた電話番号。俺が勇気出なくて聞き出せなかった番号が彼の手物にある。目の前で優劣をつけられた気がしてプライドが傷ついた。こんな私欲で進むやつに負けてしまうのか。


「辞めてください」

「あっははははは!」


 もはや彼は俺から聞き出すことをやめていた。ただひたすら人格否定で俺の心をおいやる。


「なんでお前みたいな社会のゴミがここに存在しているんだ。誰かに迷惑かけているという自覚がないのか。お前なんて生きているだけで社会のゴミなんだよ。お前みたいなナンパも出来ないモテないやつが好かれるわけねえだろ。自覚ないだろうけどお前は元からクズだよ。人に理想やカテゴリーを押し付けて、人を見ようとしない。俺だって仕事出来るやつにはちゃんと会話するし、間違えを指摘してきた。だけど、お前は仕事を改善しない。寝不足で出勤する。武林とヘラヘラ笑ってる。働いてほしいんだよ。そんな簡単なことも出来ないのか。武林や部下にはヘラヘラ笑うのに報告はボソボソするって舐めてるだろ?」


 よく彼はスラスラと悪口を言える。それほど俺の嫌な部分で頭が支配されているのだろうか。彼の性格だから色んなやつに俺のマイナスなイメージを刷り込んでいる。だから、清水は俺を名指しで呼んだ。

 俺はストーカーだったのか。千切に優しくされて勘違いしたのかもしれない。たしかに、接待のことも俺が邪魔した。俺は電話番号を教えてもらってない。いや、聞く勇気がないだけだけど、空気で分かるものだろう。それでも彼女が聞いてこないということは、見下されてるということだ。いつもそうだった。俺の周りには味方が一人もいない。人から殴られてまともに働けるわけが無いだろう。俺だってSNSだったら人気者だった。俺は元から人に崇められる奴だったのに!

 俺は誰かに1人でも人として認めて欲しいのに、誰も俺の事を敬わない。


「お前、泣いてるのか?」


 下川は顔を覗き込んだ。彼のタバコの匂いが胃を刺激する。吐き気がして、咄嗟に口を抑えた。だが、既に遅く、俺は机の上に吐く。


「あっははははは!」


 下川に笑われている。いや、彼なら笑う。俺はいつもさらし者だ。何かに成らなければ、永遠とバカにされる。酸っぱい匂いが立ちこめる。


「片付けるので首輪を外してもらっていいですか」

「きたねーな。手でふけよ」


 入れたとおりに両手でかきあつめた。机の下に落ちたものはスーツを脱いで拭う。会議室を出て、お手洗い場を通るために職場を垣間見る。彼らは残って作業を続けていた。時間は既に深夜2時。初めて会社に泊まった。


「柴田さん?」


 背中から声がした。振り向けば武林が立っている。彼も寝ずに仕事を続けていた。下川のことだから俺をいじっている間に労働させたがったのだろう。


「吐いちゃった」

「片付け、手伝いますよ」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないですよ。首輪つけてゲロ臭くて、アザも目立ちます」

「ほっといて」

「下川さんにやられたんですか。警察に言った方がいいです」


 俺は無視して手洗い場に行く。そうすれば、武林を振り払えると思った。だが、彼はお節介にもついてくる。そのまま言葉をやめない。


「彼は千切が取られたと勘違いしているんです。バカバカしいですよ」

「何が?」


 便器に吐瀉物を流した。手のひらは黄色く染まり、スーツもすえた匂いが取れない。そのまま手洗い場に行き、上着も脱ぐ。スーツから先に水につける。勢いよくスーツの表面を撫で、身体中が濡れた。


「俺、千切さんが部長とラブホにいくの見ました。入れ込むのやめた方がいいですよ。どうせ、彼女がブラック企業を呼んだんでしょう。だから出勤しないんです」

「やめて」


 水道水がスーツに染み込んで色が濃くなっていく。吐瀉物と水が混ざって色が汚れていく。匂いも服からしてるのか、口から漂っているのか分からない。


「柴田さん仕事辞めた方がいいですよ」


 気がついた時には、手が出ていた。俺は自分が何をしているのか分からない。どこか、自分と武林を俯瞰してみている。右手で彼の腹部を掘るように殴って、左手で額を擦れていく。子供の喧嘩みたいに両手をぶんぶん回す。


「ああああああ!!!」


 全員俺の事バカにしやがって。反撃しないと何されてもいいと勘違いされている。俺は武林が憎い。お前さえ来なければ、こんな思いをしなくてよかった。


「ばか! 何してるんだよ!」


 部長が俺の慟哭に意表をつかれた。後ろから羽交い締めにされ、彼から離される。


「派遣の人に手を出すなよ!」

「クソ、クソが」

「落ち着け。落ち着けよ」


 俺は部長に捕まって身動きが取れなかった。冷静に武林の現在を観察できる。彼は俺に殴られてお手洗い場のタイルに寝転がっていた。彼は黄色いシミを枕にしている。


「コイツがさっきのデモ呼んだんですよ」

「わかった。わかったから。お前じゃないんだな」

「コイツが悪いんですよ」

「ああ、わかったから落ち着けよ」


 ああ、人を虐げるってこんなに心地いいのか。

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