第19話

 俺の部署に派遣社員が来た。名前は武林と言う。俺よりも年上だけど華奢だから若く見える。腕が枝のように細く、風に吹かれたら折れそうだ。


「柴田の下につかせる。絶対で粗相した罰だ」

「はい」


 武林は俺の元に来て愛想良くした。業務内容を説明したら質問してくれた。社内を案内するとき、必要な時はメモをとる。


「武林さんってどうしてここに来たんですか?」

「前の人に嫌われたからです。俺はなんでも真っ直ぐに伝えてしまうんですよ。隠し事ができないです」

「それは大変ですね。部長はパワハラ野郎だから、隠すべきことは隠さないと大変なことになりますよ」


 武林は考え込んだ。彼はいちいち芝居のような動きをする。メモとる時も、腕を点にあげて袖を下ろす。その嘘くささが目に付く。


「どうしたらいいですか?」

「俺みたいにやればいいですよ!」


俺が見てきた派遣社員は、話しかけても挨拶しないし、欠伸を良くしていた。今までのイメージを覆す存在だ。何個か仕事を振ってみると、失敗するも、意欲あるのか残業してまで働いている。


「なあ、柴田。武林はどうだ?」


 部長は探りを入れてくる。俺は率直な感想を告げた。彼は傾聴し、パソコンから目をそらす。


「おまえの前だと良い奴なんだな。挨拶とかしてなかったぞ」

「え、でも『おはざっす』って言ってました」

「お前それを挨拶だって認識するなよ。挨拶できねえやつは仕事もできねえ。そのうちメッキが剥がれるぜ」

「そんなもんなんですかね?」


 俺は部長が千切に言い寄ってることを知っている。これが皆の前に晒されたら、お前は終わりだ。俺が千切を救い出すヒロイックな妄想に酔っていると、彼に殴られる。俺が笑うと不快らしい。



 誰かが酒瓶をテレビにぶつけた。ふたつの破片が俺の足元まで届く。


「おい、あぶねえだろうが!」

「タヒ兄さんすみません!」


 ここは路地裏に位置する飲食店だ。知り合いが金を出し合って貸切っている。常連の人間は非合法の食事を提供する怪しいお店だ。タヒねよを稼働している時は仲間と遊ぶ時に活用している。

 今日はタヒねよの界隈に誘われて遊びに来ていた。


「おまえしつけなってねえだろ。どうなってんだよ」

「悪い悪い。許してやってくれよ」


 俺と対面してるのは『イカだ』。俺と同じぐらいの活動時期で、今でも男女の対立や人種差別を引用して稼いでいる。彼の不安を煽る記事は名前を変えながら拡散されていく。俺も立ち回りを勉強したことがある。


「それでどうなんだよ。今の会社は」


 俺の仕事はイカだに紹介された。彼なりの罪滅ぼしだと言う。


「クソみたいな上司で死にそうだ」

「おいおい。人を殺したタヒねよがおっさんにビビってんの!?」

「ダサいみたいに言うなよ。俺は真っ当に生きるって決めたんだ。それに、殺したって言うな」

「なんだよ。事実じゃん」


 その事実で俺の心を締め付けられていた。ここにいる人たちは労りがない。だからこそ成功しているのだろう。お店のテレビを割った彼は、学校に行かずにおっさん狩りしていたら、イカだにスカウトされて、仕事をアシストしている。


「なんかいい事ないわけ?」

「ある。いい女がいた」

「やっちゃえよ」


 イカだは下品にもその場で腰を振るポーズをとった。酒が回ると彼は服を脱いで腰を振る。昔はその暴れ方に爆笑できた。


「バカ。マジで惚れてんだよ」

「童貞卒業じゃん。おめでとう」

「うるせえな童貞じゃねえよ」


 童貞だ。彼やタヒねよから知り合った人に意地を通してしまう。舐められたら終わりだという刷り込みが、俺の脳内にある。そういう気の張った環境に疲れたのもあった。


「いいからデートに誘えよ。お前ならできるって」

「いや、いまは迷惑だろうし……」

「連絡先交換したなら押せよ!」


 俺はスマホを立ち上げた。彼女にメールを考えて送り付けようとしても、送信まで指が伸びない。バツ印を2回押しては、ため息を吐く。


「仕事もできないし上司には嫌がらせされてる。こんななやつのどこがいいんだ」

「何されてんの?」


 俺は上司の嫌がらせを全て晒した。彼にされたことはノートに残している。そうすることで、心が楽になるからだ。


「お前って抜けてるよな。それ訴えろよ」

「案内したお前が言う!?」

「だってそんなところだって知らなかったし」


 彼はあるNPO法人の紹介リンクを送ってきた。そこは、ブラック企業を世間に晒した実績がある。要は俺の事を気を使って、上司を追いやるようにしていた。


「ありがとう」

「良いってことよ。それで自信がつくならな。あ、そうだ」


 彼はテーブルにある白い錠剤を置く。


「俺はやらねえよ」

「足つかねえからやれよ」

「やらない」

「はー、お前嫌われるぞ。こんな度胸もないなら付き合い辞めるって言うやつもいるのに。俺と仲良しでよかったな」

「そうだな」


 俺はわかった。彼たちと距離を取りたいのは、反社と繋がりができたからだ。このままでは刑務所行きで間違いない。でも、彼の優しさに感謝した。俺はここに向かってみることにする。

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