第16話

 裏路地に入り、昭和の空気が漂う電光の看板が目につく。彼はそのお店に入っていった。酒で正常な判断のつかない私は、彼の後ろについて行く。


「ここはなんて店ですか?」

「夢ソーシャル会社で働く男たちの行きつけの店です」


 彼の新入社員歓迎会に連れ出された穴場の店らしい。ここに入れるのは男性だけということ。


「時代錯誤ですね」

「結局、どの会社も男尊女卑を下敷きにしてると思いますよ」

「柴田さんは包み隠さないで話しますね」


 私の口が緩んでしまい、隠し事がスルスルと言葉になってしまう。柴田は気を悪くせず、まるで親友かのような距離感で聞き流してくれた。


「そう見えます?」


 彼はアルコール飲料と、何か肉料理を注文した。断ろうにも聞き入れない。そのアルハラ気質は治すつもりがないようだから、なすがままに任せた。

 私はよく聞き取れなかったが、重たい食べ物は腹に入らないなと独り言ちる。晩飯に付き合って理解したが、彼は掃除機みたいにご飯を食べられる。だから、肉料理も彼が完食してくれるだろう。



「城島さん。来ましたよ」


 私と柴田を挟んで、大きな料理が届けられた。全身が茶色に丸焼きされ、鶏の足が4つあり、切り株のような胴体が転がされている。豚の胴体だろうか。周りにはサンチュが均等に並べられていた。皿の横には、マヨネーズが入った小皿が2人の元へ届く。


「これは?」

「まあ、食べてくださいよ」


 彼は料理とともに届けられたナイフで、料理に入り込みを入れる。肉が硬いのか、力を込めて上から下におろした。2切れを皿に飾った。大きさで言えば市販のハムのサイズだ。


「ありがとうございます」

「美味しいですよー」


 私はマヨネーズに付けて肉を口に運んだ。筋が多く噛み切りにくい。ただ、調理が美味いのかスパイシーな風味が広がった。酸味の強いマヨネーズと喧嘩していない。


「へー、こんな穴場があったんですね。知り合いに紹介しようかな」

「気に入りました?」

「はい! これは何の肉ですか?」

「犬です」


 私は腹を抱えて笑った。彼のいた会社にも犬を食わせる部長がいた。日本では犬を食することを許されていない。彼なりのジョークだろう。


「犬ですか? こんな味するんですね」

「ええ、私も最初は驚きましたよ」


 彼は一切笑っていない。ただ、私の内面を見透かそうと、目を合わせてくる。私の顎に冷や汗が垂れた。


「え?」

「犬ですよ」


 私は吐き気が込み上げてくる。口を抑え、おしぼりで胃酸を抑えた。

 机に目が落ちる頃、頭部から今日1番の大声が聞こえた。その邪悪な笑い声は、夢ソーシャル会社でお仕置が試行された時と同じもの。


「わんわん! わんわん!」


 柴田は口を尖らせ犬の真似をする。わんわんわんわん! と、犬の真似を私に見せてきた。


「な、なにを」

「わんわん!わんわん!」

「う、うぇ」

「え、吐きますか! 城島わんちゃん、トイレ!トイレに行きなさい! ハウス!」


 私は急いで手洗い場に駆け寄った。その後、彼とは顔を合わせずに、会計を済ませて帰る。

 彼はこのために誘った。私への嫌がらせが最終目的だったのだ。された瞬間は顔を青ざめた。だが、SNSに書く気が起きなかった。されて当然とさえ思ってしまったからだ。


 翌日、私は二日酔いで身体を起こせなかった。最後に食べた犬の肉も腹に残っているようで不快感が抜けない。もう暫くSNSで流れてくる犬の可愛い画像に罪悪感を覚えてしまう。


『大変なことが起きた』


そんな時、先輩からニュースの記事を引用された。SNSを開き、詳細を確認する。出処は大きなメディア会社だった。見出しを読み、私は頭が冷静になる。


「『新進気鋭の柴田』、家族とともに無理心中か」


 柴田は昨日のうちに自殺を計った。家族が寝静まる頃に、部屋を締切って練炭を焼く。見回りしていた警官が、ガムテープで止められたベランダの窓に違和感を覚えて訪問し、救出はされた。ただ、妻ともに意識不明の重体らしい。


『城島?』


 先輩が返事せずに既読つけた俺を案じる。急いで記事から逃げて、彼に返事した。


『これ本当ですか?』

『誰からも連絡を取るなよ。お前ならわかるだろうが、これからが大変だ』


 SNSを確認する。暴露記事を提出した私に対する批判が膨大に拡がっていた。アカウントの通知は数字のカウントを諦めている。DMにも殺害予告が来ていた。

 私は相互以外の連絡を切断した。

 そんな中、私はひとつの通知にたじろぐ。


「柴田……」


 彼が帰宅している最中に、SNSのアカウントを提出してくれていた。数あるアカウントには動物の癒し動画を無断転載するものもある。その中で、ひとつの鍵アカウントが目立った。名前はなく、アイコンもフリー素材。フォロワーも0人だ。添付されたアカウントのパスワードを入力する。彼のアカウントにログインできた。


「……」


 彼の愚痴がたくさん書かれていた。私はそのとき、彼の内面を知る。

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