第15話
柴田の予約した居酒屋で私たちは食事することにした。店員に通された席は隣の敷居がないから、人目について丁度良かった。彼は殺傷するつもりがないと口約束したけれど、信頼出来るわけがない。私の暴露記事に相当な恨みがあるはずだ。
「城島さん。何飲みますか」
「一旦はコーラにします」
「生行きましょうよ。生ふたつ頼みますね」
店員にお酒とおかずの注文をした。彼はおしぼりで手を拭いたかと思うと、破顔する。
「そんな警戒しないでくださいよ」
「いやー、あはは……」
彼は箸を小皿に乗せて分配する。世話を焼きながら話を続けた。
「あのですね。武林があなたを推薦したのですけど、決定したのは私ですよ。あなたの文章に惚れたんです。実際、どちらもいい記事でしたよ。思うことないわけじゃないですよ? でも、身から出た錆ですから」
「その、暴露の方も読んだわけですか?」
「入院中は暇なんですよ」
曖昧な返事をした後に、お冷を口に含む。緊張で喉が乾いていた。
「傷の方はどうですか?」
「傷跡は残りましたね。走ると痛むけど、支障はないかな」
「良かったです」
「あなたが運んでくれたのでしょう? そのお礼も兼ねてるんです」
注文した料理が並べられていた。彼は新入社員が先輩に気払いするように、取り分けていき、バーベキュー時のような朗らかな空気をまとっている。そういえば、彼の座っている場所は下手だ。
「櫻井は無罪放免ですよね。ほんと会社はクソだな」
驚いて箸を止めた。彼の口から会社を批判する答えが出るとは思わないからだ。
「俺だって思うことはありますよ。新入社員の時に酷い扱い受けました。今でも上司を恨んでます」
「……腹割って話すってことですか?」
「だから、そう言ってるじゃん。あはは」
私は襟をただし、質問することにした。念頭に、記事には使わないと約束する。
「貴方は『タヒねよ』ですか?」
「当たりです」
あっさり認められた。最初に聞いておけばよかったと後悔する。いや、今だからこそ答えてくれたのだ。
「あのアカウントで死者を出しました。やってられなくなったんですよね。それで、タヒねよ界隈の紹介で『夢ソーシャル会社』にねじ込んでもらったんです」
「入社もその繋がりがあるわけですか」
「界隈が反社と繋がるようになってきて抜けたかったわけです。怪しい美容品とか、潰したい芸能人のゴシップとかも依頼されるようになってました。そんなのやってらんないです」
「あの炎上アカウントは繋がってるわけですね」
「全部じゃないと思いますけど」
目線を感じ、私は周囲を一巡する。隣席の若者グループが私たちと携帯を見比べていた。彼が柴田なのか証明するためにアカウントの自撮り写真を照らし合わせているのだろう。
「見られています。店を出ませんか?」
私は腰を浮かせる。しかし、彼に手で制された。
「いえいえ大丈夫です。慣れてますから」
おずおずと着席し、彼らの嫌な目線に対抗するため、私も彼らを凝視する。すると、尻の収まりどころが悪いかのように相手しなくなった。
「『タヒねよ』だけじゃないですよ。他のアカウントも運用してました。こいつも使ってたのって驚かれると思います」
明日にリストアップしてアカウントを提出してくれるようだ。そのアカウント群は記事に活用していいと放つ。
「どうしてそこまで協力的なんですか?」
「さっき言った通りです。ああ、そうそう。武林のことですけど」
スマホに通知が届く。柴田がSNSを介して動画のリンクをDM後しに送った。帰り際に見てほしいと念押しされる。
「それ武林の動画です。彼は私の弟子みたいなもんだから自分を上手く売り込んだのでしょうね。私が居たポストに彼がいます」
夢ソーシャル会社の長所は年齢関係なくとも昇進する。その利便性にあやかったのも柴田だ。
「武林も協力していたのでしょう?」
「どうですかねー。色んな人から協力してもらってました」
「クソー、やるなアイツ」
ジョッキを一気に煽る。生ビールの泡が底に到達するよりも早く、黄色のアルコールを腹に収めていた。
「城島さんってあの後の私の処遇とか詳しく知ってます?」
「いえ、詳しくは把握してないです」
ニュースでは会社の社長が謝罪会見していた。彼の辞任とともに、外部の第三者委員会を設置すると報告している。
「だったら教えますよ。参考になるんじゃないですか?」
金輪際、柴田は会社に関わらず、SNSで『新進気鋭の柴田です』を活用しないことを約束され、即日解雇された。櫻井の起こした傷害事件は、どこにも漏らさないことを条件に揉み消される。下田は自主退社し、光秀は残っていた。武林と一緒に立て直しを図っているようだ。取引先から契約を切られたため、会社の規模は縮小する。
柴田の息子はストーカーされた。SNSで柴田を監視するスレッドが建てられる。削除依頼してもイタチごっこだった。
「まあ、こんなもんですかね」
その後、私たちは学生時代に流行したアイドルを話した。カルチャーギャップを感じながらも、互いの垣根は超える。周りから監視されるような目線や、スマホを向けられるけど、柴田は頑固なほど席を立たなかった。小皿料理をつまみながら酒は進む。彼は私の文を褒めてくれたし、書籍化したら購入すると太鼓判を押した。彼の事を書いているのに、度量の広さを見せつけられる。どうか、私の書いたものを罵って欲しかった。それでも、許された思いには負けて、彼と店じまいになるまで長く話し合う。会計は割り勘で終わった。
「城島さん。私の行きつけがあるんです。そこに行きませんか?」
「良いですね。行きましょうか」
柴田は頬を耳まで赤くして先導する。
「城島さんは元気でいてくださいね」
「突然どうしたのですか?」
「私より若くて行動力あるじゃないですか。今回のブラック企業の事だってそうだ。適切なプロセスを踏んでいるなら、これから周りの風向きが変わっても、貫いていて欲しいです」
「敵を褒めるなんて優しいですね」
「ああそうか。あなたは私を失脚させたな。酔いで忘れていた」
「貴方への誹謗中傷は止めようとしています。でも、世間は怒りに動かされて荒らしが止まりません。その辺は申し訳ないです」
「あ、それを言うために誘いに乗ったでしょう。まだ返しませんよ」
「バレましたか」
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