第14話

 彼が刺されてから職場に平和が訪れた。私はその間に暴露記事の最終的な修正をメンバーと行う。先輩が紹介した人に確認してもらった。武林には終わりまで読んでくれ、コメントも寄せた。あとは、公開するだけになる。


「うん。いいんじゃないか」


 私と先輩は普段の喫茶店で待ち合わせした。彼が私の記事を褒めることはない。ということは、今回の内容は人を揺るがすほどの力があるということだ。


「これで柴田のことを追い出せます」

「しかし、こういうふうに転がるとは思わなかった。これで、元の部署に戻されたりするかもしれないな」

「そうなったら光栄ですね」


 取材不足で記事を取り下げなくちゃいけなくなった。あのような失態は繰り返してはならない。今回は内部の人間とも協力してくれた。もうわ誰にも付け入る隙はないほどの強度だ。


「『タヒねよ』の方はどうなんだ」


 バーベキューの時に話していたことを照らし合わせて、報告した。彼はタヒねよに関わっているかは不明。だが、似たようなニュースを流すアカウントを運営していたのは事実だろう。彼がやめた時期と、入社した期間など辻褄が合う。


「やっぱりクズだな」

「ええ、アイツは人として最悪です」


 誹謗中傷した相手に加害を加えようとしたこと。そして、刺されるまでに至ったこと。私は先輩の前でさえ伏せた。だが、タイミングとしては最適だ。彼は入院していてSNSで情報を発信している。でも、やれることは限られているからだ。


「彼のような人間が1人でも減ることを望みます」

「ブラック企業を世間へ晒すのは正しい。社員の人が録音して労組に提出したり、そういった活動が社会を透明化させる。そういったプロセスが加害を減らせると思う」

「同じ意見です」


 その後、私は暴露記事を投稿した。



 私の書いた記事は忽ち話題となった。彼を嫌っていた人間が、ことごとく引用RT始めたからだ。『タヒねよ』が行っていたような炎上させるアカウントも嬉々として取り上げる。柴田を気に入っていた人間は辛うじて擁護した。だが、その後に武林が用意していた研修の動画を裏ルートから流す。こうすることで、インターネットは彼の話題で埋めつくされる。それほどの影響力が、柴田にはあった。騒がれるほどに、嫌われていた一面もある。今回の記事は私の名義で公開した。上司は私のことを呼び付けるため、電話の電源を切って有給消化した。だが、記事の内容が好評だと判明してから、手のひらを返すように激励のメールを届けてきた。

 柴田は、彼のブラック上司としての態度が暴露されてから、アカウントを更新せずにいる。彼の話術で私の容姿や人種差別に持っていくものだと推測していたが、外れた。

 公開して2日後にはテレビでも取り上げられる。彼はマスメディアにも進出していたため、インターネットを知らないし彼の意見を支持していた者たちまで浸透する。


『彼はどこか胡散臭いと思ってました。彼のような人間が生まれないように、やはり憲法を改正し政府の力を強くして教育に介入できるようにした方が良いです』


 彼を通して色んな社会問題へと飛び火した。政治家は自分の推し進めている憲法改正に繋げる。それに頷く人もいれば、関係ないだろと日和見の人もいた。

 手応えは想像以上だ。これでひとつの正しい行いが遂行された。私は胸を張って、過去の失敗を乗り越えられたと思えるだろう。柴田のSNSは大量の炎上コメントが届いた。彼の住所も特定されているため、警察が見回りに来る事態になったようだ。


『どうもーー、みんな久しぶりだね』


 そして、清楚スイも活動を再開した。彼女はたくましくも自分のブラック企業勤めをコメディ調で語る。そのお仕置の数々が現実離れしていて人気を博していた。時には、時期を考えろとコメントが付く。それに対して、彼女はお仕置を捏造した箇所も複数ある。物事は飛びつきやすいセンセーショナルな話題を取り入れなければ、誰も寄り付かないだろうと開き直る。嘘で真実を混ぜて、彼女はスパチャを稼いでいた。

 そうして数日たつ。私のところにも取材が何件か届いた。記事の売上がよく、出版したいと申し出る会社もでてくる。そんな中で、ある人から連絡が届いた。


『お久しぶりです。柴田です記事の方は好調のようで何よりです。近々、食事でもどうですか。貴方に聞きたいことがたくさんあるので、出来れば対面が望ましいです』


 柴田から食事の誘いだった。退院もしたし、色々と近況を話したいそうだ。記事の出来栄えをやはり褒めてくれて、話を聞いてくれれば訴えないそうだ。


『了解しました。金曜の〇〇駅で待ち合わせしませんか。その時間なら余裕があります』

『ありがとうございます。その日を楽しみにしてます』


 私は断るべきだったのだろう。だが、彼の家に実害が起きている。その申し訳なさと、子供の笑顔を思い出し、誘いに乗ることにした。

 時間になり、私は身支度を終えて家を出て、改札を抜ける。その場所に柴田が待ち合わせしていた。頬にガーゼを付け、目元にクマができている。


「お待たせしました」

「突然なのにきてもらって申し訳ないです」


 柴田は胸ポケットに手を伸ばす。私は櫻井の犯行が脳裏によぎって身を硬直させた。


「大丈夫です。武器は持ってませんから」


 彼はSNSから予約していたお店の案内を見てついて行った。

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