第13話

 柴田は痛みで悶えている。お腹を抑えながら足をばたつかせるから、白いスーツに赤い斑点が広がっていく。


「痛いかよバカカスキショおっさん!」

「痛いですー!」


 痛がる柴田とイキイキしている櫻井。とにかく、櫻井が追撃しないように確保しないといけない。私は彼女の方へ歩いた。


「櫻井さん。何しているんですか!」

「先手必勝だろ」


 彼女はすんなり武器を放り投げた。どうやらカッターナイフを限界まで伸ばしつつ、刃だけを彼の腹に残したらしい。取ってが転がっている。


「と、とにかく救急車を呼ばないと」

「待ってください!」


 彼はスマホを取りだして電話番号を打ち込んだ。そして、素早く耳に当てた。


「まずは上司に報告します」


 柴田の胸ポケットが揺れている。その振動が傷に響くのか叫んでいた。


「馬鹿野郎!」


 柴田の罵倒に櫻井が反応する。ハイヒールを脱いで、彼女は裸足になり、大股でのしかかった。


「バカはお前だろうがァ!」

「ひぃ!」


 今までにないような怯え方をしている。赤子のように体を丸め、歯をガタガタ揺らしていた。


「……」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」

「ベロベロバー!」

「ぎゃー!」

「何やってるんですか櫻井さん!」


 私は彼女を引きずり下ろそうと肩を持つ。しかし、櫻井の覚悟は本物で、彼を侮辱することに力が入って動かない。まだ、ベロベロバーって言ってる。部屋に縮こまる男を呼んだ。


「ちょっと手伝ってくださいよ!」

「ら、はい」


 そうしてようやく2人で彼女を引き離すことが出来た。柴田はすっかり元気をなくして口から唾液を垂らしている。


「弁護士さん捕まえていてください!」

「セクハラで訴えられたくない!」

「お前よく今そんなこと言えるな。捕まってる私でもびっくりだわ」


 私は弁護士の不甲斐なさで櫻井の暴走が止まった。ここに重傷者がいる。彼を助けないといけない。流石にここで死なれては困る。


「城島さん。上司に連絡します!」


 柴田の胸ポケットがまた揺れる。気絶しかけた彼が陸に上げられた魚みたいに震えた。


「ああ、間違えた!」

「いや救急車呼んで!」

「いや、呼びます!」


 なんで鋼みたいに意思が硬いんだよ。


「上司の上司を呼びます!」


 彼は電話を始める。私はポケットからハンカチを取りだした。血を吸うことの出来るものは紙や衣類を丸め、傷元に優しく触れる。


「しっかりしてください」

「お、おれおれしぬ?」

「柴田さんは死にません」


 武林は電話を閉じて、刺された彼の足元まで到着した。


「救急車は呼べません」

「は??」

「救急車を呼んだら社内で傷害事件があったと世間にバレるからやりません!」

「いやもう俺にバレてんだろ。何見てんだ?」

「だから、運びます」


 武林は柴田の足を脇に抱えた。靴を脱がせたために、椅子の横に捨てられる。


「入口まで運びます。段差をおりている時に胸ポケットの刃物に刺さったことにして、呼びます!」


 彼は私の合意を待つよりも足を真っ直ぐにした。彼は体重に耐えきれず足元がふらつく。そうして、両足を手放し、頭から倒れた。


「武林!」


 彼は柴田を逸れて転倒した。筋肉の着いていない身体だから、人を持ち上げる力がなかったのだろう。


「すみません……」

「良い。応援を呼ぶ!」


 私は会議室を颯爽と出た。柴田の部下達のデスクまで走る。彼が刺されたことを説明した。皆が隣のものと話し始めるが、手伝おうとしてくれない。


「あの、城島さん。お仕置箱に担架が入ってます」


 お仕置として机と机の間に担架を置いて、不安定な環境で集中させるというものらしい。私はそれを入集するためにロッカーを開けた。手前にドライヤーがあったので、机に避けた。すると、コードがあまりにも長く、足元にちらばった。根元から引っ張り、外に出す。担架を拾い、近くにいた光秀に協力を依頼した。2人で、会議室に行く。2人で柴田を転がす。彼は目を閉じていた。


「おい寝てるぞ。お仕置いるんじゃないか?」


 櫻井のふざけを無視して、意識がないことに戸惑った。


「そうだ!」と、光秀はロッカー前まで行くよう指示した。私と光秀で運んだら、彼はドライヤーを手にして、コンセントに突き刺した。


「下田!」ドライヤーが下田の手に収まる。彼はスイッチをオンにして、傷口に風を当てた。


「ぎゃー!」

「起きた!」


 私とふたりで彼を運ぶ。下田は補佐として、障害となるものを脇に避けてくれた。思い扉を体で開けてもらい、私たちは階段で降りていく。エレベーターでは彼の幅を収めることが出来なかった。何階も下っていき、近くの公園に到着する。彼をまた転がし、公園で転んだように私たちは砂を吹っ掛けた。


「よし」

「待ってください!」


 武林が後ろから着いてきていた。彼は靴を投げた。柴田の顔にあたる。



 その後、救急車で彼は運ばれた。彼の傷は臓器まで達していなかったが、入院することになった。

 櫻井は警備員に捕まり、それっきり会社から出てこなかった。結果として、彼女は捕まることがなかった。会社が通報しなかった。

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