第10話
私は指定された場所まで走った。駅を乗り継ぎ、ファミレスに入店する。最奥の席で、2人を発見した。
息を切らして接近する。櫻井が壁側の席に、隣に武林が着座していた。武林は私に気がついて、向かいあわせの席を指さす。席につき、店員の運んだ冷水を含む。
「うちの弁護士が本腰を入れて捜索してました。まさか、開示請求するとは思いませんでした」
「これから、会社はどう動きそうですか」
「やはり櫻井さんを訴えるでしょう。情報を社外に流していると、契約違反の点でも追求できます」
まさか、掲示板の書き込みが彼女の仕業だと思わなかった。というか、夢ソーシャル会社に怯えている様子だったから、行動が納得できていない。
私は櫻井に聞こえないように身を寄せて、武林に質問する。
「何とか止めることができませんか」
「柴田が躍起になって動いているから無理でしょう」
「なんで彼はそんなに権力を持っているのですか。色んな人と話を聞いているうちに、彼の存在感が不釣合いな気がします」
「それだけ会社の顔役ということです。かれのアカウントも重宝されているものですからね」
「ハー、まじかよ」
私は脱力した。敬語で取り繕うことをやめるほど、櫻井の今後に同情している。柴田は会社の重鎮って立場ではない。新人を教育したり、他の部署と連帯している。
「城島さん」
櫻井が今日初めて声を出した。私は油断していたから聴き逃して、慌てて背もたれから身体を起こす。
「は、はい」
「この度は迷惑かけました……」
「い、いやいや謝ることじゃないですよ」
目元は腫れていた。彼女はメイクが落ちてもそのままにして、自分の気持ちに沈んだままだ。浮かんでこられるほどの希望が見いだせないからだろう。
「私が軽率な行動をとりました。取材は使えますか?」
「……使いますよ」
「良かった。それだけが心残りでした。私の話がここで止まることが、とても許せなかった」
その語尾から怒りを滲んでる。私たち2人を超えた先にいる、かつてパワハラを行った彼を連想していた。
「私が城島さんに話した気持ちは同じです。彼のことをもう忘れたかったわけです。大事にしたくなかったし、今の仕事は好きです。でも、時間が経つと私の尊厳を奪われた怒りが溢れてくるんです」
「……」
「彼のことを友達がRTしてました。感心するようなツイートをするものだから、いても立ってもいられずに、掲示板に書き込みました。そしたら胸がすっとしました。ネットだから気軽に書き込めてしまったのです」
私にも心当たりがある。ネットに流れてきた情報に突き動かされて、政治的なツイートを発信した。すると、私の発言が会社の意見だと勘違いされ、謝罪する羽目になった。インターネットは自身の発言を増長させる役割がある。彼女もその罠に陥った。
「城島さん。私は彼のことが許せません。ブラック企業ってネタにされることあるけど、あんだけ人権侵害して平気な顔できるのがおかしいです。どうして、彼女は私をバカにできるんですか。どうして、私はあそこまで追い詰められなくちゃいけなかったんですか。私が1度でも休んだらみなに迷惑かけて、それはプライバシーを犯しても良いことになるんですか?」
徐々に声が大きくなっていく。彼女の発言は周りの客が視線を向けた。普段なら覚醒を静かにさせるけれど、止めることが出来ない。彼女は研修で爆竹やら間接的な暴力を受けて、心に傷ついたのだ。
「櫻井さん。できる限りの事はするよ。それは城島さんだってそうだ。僕たちは暴露記事に取り組んで柴田を失脚させようとしている。彼のやっていることは許されないことだ」
彼が目線をなげかける。私は頷いた。
武林が怪しい人物から熱意ある人間に印象が変わった。彼は柴田を追い出してやりたい一心で動いているのだ。情報提供もその一環だというのだろう。
「城島さん。彼は私に何度もお仕置をしました。いちばん酷いのは足置きにしたことです。その時は自分を責めてました。今は柴田を殺してやりたいほど憎んでます」
「そんな、そんなことって……」
柴田に殺意を抱いた。今までのおしおきも度が過ぎる。しかし、人を足置きにするのは間違ったことだ。人を椅子にしたり、頭を踏み付けるのは罪深いことだ。
彼は炎上させて人を殺す。就職したら教育係で人を道具扱いする。彼の中に住む邪悪を必ず排除しなければいけない。それが、社会のためだと自負した。
「許せない。許せないィ許せないぃぃイ!」
「櫻井さん。私が柴田を追いやります。それは、武林さんも同じです。この暴露記事で、あなたの発言で彼を晒し者にします」
「はい。私に任せてください」
武林は櫻井から意識をそらす。そうして、私の目を見て言った。
「今やっと同じ目線に立てましたね。柴田は人のことを人だと思ってません。あなたの見ていないところでは人を殴ってます。彼は残酷な人間で社会的に抹消するべきです。だから、情報を共有しましょう。あなたの撮影した動画、私が撮った動画。共作で追いやりましょう」
「はい」
その日のうちに私たちは情報共有した。櫻井のことは武林が側近の立場から罪を軽減できないかと画策するようだ。私たちに情報提供してくれた借りがある。
その時、柴田から連絡があった。
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