第9話

 私は以前に相談した先輩に呼び出された。会社の取材を午前中で済ませ、普段の喫茶店に来店する。先輩は既にカウンター席に着いていて、私の姿を見て手を振る。


「どうしました?」

「城島。お前に貰った情報だけど、割と使えそうだ」


 彼はカバンから書類を出す。茶封筒の包みを開封し、中身を閲覧する。10ページほどの報告書に目を通していく。それは柴田に対するまとめだった。


「これって本当なんですか?」

「状況証拠だけど、上手く使えそうじゃないか?」

「これが事実なら、柴田は極悪非道ですね」

「元からそうだろ。アイツは今日なにしてた?」


 私はメモ帳を広げ、彼の活動を読み上げる。


「漢字の下手な人間に、小学生用の漢字ドリルを真っ黒になるまで書き取りさせてました。普段の仕事量も減っていないから、部下たちは残業ですね」

「ほら悪党だ。こうなるやつは元からネジが外れてんだよ。そういうのは書いてやるのが社会のためだね」


 私は手元の書類に意識を戻す。

 その報告書は柴田の前アカウントについてだった。先輩の紹介した人は人脈が暑く、人の個人情報を取得することができる。私に協力的らしく、今回も彼の情報を開示させた。彼は前のアカウントを持っていた。

 彼は『新進気鋭の柴田です』を開設する前に、アカウントを所持していたか、裏でアドバイスしているものがいる可能性はあった。だが、前に使っている人がいたとなれば動き方に筋が通る。


「この『タヒねよ』は柴田が学生時代から活用しているアカウントだ。遡れば、彼の写真が出てくる。その活動域と、柴田が情報で流す土地は一致している」


 『タヒねよ』はインターネットの喧嘩や企業の汚職を人々に晒して炎上させる役割を担っており、言うなれば火付け役だった。人が批判しそうなつぶやきを見つけては、フォロワー数の多い『タヒねよ』で投稿する。フォロワー達は、取り上げられた人間を殴ってもいいと勘違いして、彼のアカウントや住所を特定して荒らす。悪いやつを求めるイナゴのような存在を飼っていた。そのアカウントも扇動するような呟きをしていた。


「それに、柴田が入社してから数ヵ月後に、夢ソーシャル会社に所属している重役の売春を晒したツイートが残っている」


 彼の発言と資料が合わない。夢ソーシャル会社の名前が書かれていなかった。


「夢ソーシャル会社?」

「名前と上の立場を変えている。今でこそ話題にならないし評価も高い。柴田が上に来てから会社は改革されている」

「なんか前回とテンション違いませんか」

「だって人が死んでるんだぜ」


 そんな『タヒねよ』はアカウントの活動を停止している。ネットの噂では、ある炎上がキッカケとなっていた。『会社で働くおっさんたちって独特の匂いがするよね。ファミレスの肉しか食わないから臭いのかな?』というつぶやきを彼が採り上げて、会社を巻き込む炎上となった。某ファミレスは声明文を呟く。それに賛同し、老若男女ともファミレスに来店して、ムーブメントとなる。呟いた彼女は色んな人間から非難され、仕事先も追われたらしく、最後には自殺配信した。死んでお詫びしますというつぶやきだけ残している。それをきっかけに『タヒねよ』を叩く流れが起きていたようだ。今は誰も話題を出していない。


「でも、これは周りも悪くないですか?」

「そもそも書かなければいいんだ。だから、コイツも叩かれて然るべきだ」


 先輩の瞳に使命感が宿っている。私も柴田の話をしているときは同じ顔つきになっているのか。距離を取らなければ、私は何か大きな間違いを犯すのではないだろうか。そんな不安が浮かんでくる。


「この事って誰か証言できませんかね」

「『タヒねよ』と柴田に繋がるアカウントは多い。交流人間に絞って、向こうがアポイント取ってくれるだろう。それよりも、君はこれを題材にしてみたらどうだ」


 資料を取り上げられ、最後のページがめくられる。柴田が入社して起きた事件の顛末だ。『タヒねよ』とは違った色だった。

 彼はある女性に執着していた。その女性は当時の上司と親密な関係。彼は破局させるために上司の悪巧みを探って、机の下に『覚せい剤所持』していたことを発見。上司に報告した後、彼を更迭させた。そのことを感謝されて昇進したとのこと。


「どこか嘘くさいですね。そもそも覚せい剤所持って有り体です」

「『タヒねよ』の遊んでいた界隈に逮捕者が出ている。彼らと繋がっているなら覚せい剤も所持できるんじゃないか」

「うーん、無理やり繋げてるような気もしますけど。とにかく、このページのことを調べてみようも思います」


 私は資料を持ち帰って彼の調査する。柴田は一日に何回も呟く。基本は社会に生き抜くためのコツを呟き、若者に理解を示している。過去のツイートを遡ればコメントに癖があった。『ふんいき』を『ふいんき』と書いている。確認してみると、タヒねよも同じ間違いしていた。


「まじか……」


 私の携帯が震えた。通話ボタンをオンにして、声を聞いてみる。相手は武林だった。


「城島さん。今すぐ私のところに来れますか?」

「どうしました?」

「掲示板でマイナスな投稿している人いたじゃないですか。会社の弁護士が開示請求して特定したらしいんです。それが、櫻井さんだったんです」


 櫻井。威圧的な装いをしていた女性だ。

 私は彼に到着時間の予定を伝え、会社を出る。

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