第8話

『退職した人たちと連絡先を交換していたのですが、何人かは取材を受けてくれるそうです。彼らとアポとるために、即席のグループ作りました。ぜひ入ってください』


 彼のリンクを踏んだ。グループには、私と武林をふくめ8人所属していた。


『初めまして城島さん』『どうも』『こんばんは』


 彼らと挨拶を交わす。身の上と心境を語った。彼らは私の意見に賛同し、条件を提示した。

 匿名であること。柴田の特定力は桁違いで、自身の痕跡を出すことさえしたくない。

 彼らの時間に合わせ、個人にインタビューの日付を記録した。



 私は喫茶店で待ち合わせする。メモ帳を開き、情報を整理した。今日来るのは、彼の元で働いていた女性だ。武林いわく、柴田と言い合いして、別部署に飛ばされて自主退職させられた人間。

 柴田はSNSでフォロワーを増やしていて、信者を増加させている。パワハラ上司に言い寄られた時は労組の名前を出したら態度を変えてくることや、お前なんか雇うやついねえと脅されたけど条件の良い仕事に移動できたとか、そういった嘘を書き続けていた。

 社会では新人の教育を担当している。部署で彼らを精神的においつめながら、仕事を覚えさせていた。粗相した部下には、お仕置を施行する。その異常な空間に慣れてしまっていた。


「すみません。おまたせしました」


 私は席を立つ。目の前の女性は革ジャンをきて、耳に銀色のイヤリングを3個つけていた。チークの色も濃く、強そうな印象を受ける。


「どうぞお座り下さい」

「はい」


 彼女は席について名刺を取りだした。彼女の名刺には闇丸事務所と書かれている。ここは、YouTubeで活躍しているタレントを扱う事務所だ。最近は、Vtuberブームの波に乗り、他事務所より業績を伸ばしていると聞く。


「はじめまして櫻井と言います」

「私は城島という記者です。今回は誘いに乗っていただきありがとうございました」

「いえいえ、柴田のことを暴けるなら何でもします」

「……武林さんから何から聞いてますか?」


 櫻井は私がイメージアップ目的の記事を作成する裏で、夢ソーシャル会社の暴露記事を作成してること。私が証拠不十分で1度だけ炎上させたことも伝えてあった。それでも、自己判断で乗り込んでくれた。


「柴田とは揉めたと聞いてます」

「はい。私はあの日まで彼の問題行動を許していました」


 彼女もほかの社員と同様に研修を過ごした。あれで自尊心をすり減らし、働かされていたようだ。


「ただ、私にはひとつの趣味がありました。それは、これです」


 彼女は自分の端末を提示した。そこに映っていたのは、YouTubeのチャンネルだ。アイコンは綺麗な淡い色合いの美少女のイラストだ。名前は『清楚スイのザコね部屋』って名前。


「Vtuber活動です。このために土曜は時間を空けてました」


 端末を借りてスクロールする。動画の更新日は1年前で止まっていた。彼女が仕事を止めたのも1年前という話だ。


「私は柴田に有給を申請しました。コラボ配信するために、金曜のうちに準備したかったわけです。すると、彼は有給の理由を聞きました。私は答えたくなかったので体調を崩したと言い訳しました。でも、こういう有給の申請は初めてではないので疑われました。嘘をつくのは良くない。疚しいことがあるから休むのかと責めてきました」


 柴田は有給を撤回させなかった。彼女はVtuber活動も真摯に続けていたため、仕事は休んだ。土曜は彼女はコラボ配信を成功させた。その翌週。彼女は普段通り仕事する。


「すると、彼がスマホを取りだしたんです。何をしたと思いますか?」


 私は想像がついていけずに首を傾げる。彼女はある動画を再生した。2Dの彼女が体を揺らしながら雑談している。


「私の動画を職場で流しました。どうして私のことを知ったのかわからないです。職場では気をつけていたのに、柴田は把握しました。それから、私の声じゃないかという声が部署内で聞こえました。程なくして仕事をやめてます。活動休止もこれが理由です」


 柴田の行動は脅迫にあたる。彼女の動画は収益化してるから、営業妨害に当たるのではないか。私は彼を訴えるよう促したが、彼女は良しとしない。ただ、柴田が無言の圧力に徹したことを怯えている。彼は一日で彼女の秘密を暴いてしまったのだ。


「もう大事にしたくないです。仲間からも柴田を突き出した方がいいと言われます。でも、彼のつぶやきは私の友達もRTしたり、共感してます。私は柴田の名前を濁して伝えているから、誰もTwitterで活躍してる彼だと思えないのでしょう」


 退職後、彼女はVtuber活動の伝を使って、事務所で事務係している。


「ねえ、城島さん。お願いしますよ」


 彼女は荷物をカバンに戻した。指を組んで、私に念押する。


「柴田のことを取り上げてくれるから応じました。彼のことを必ず晒してください。貴方のような存在は必要です」

「わかりました。必ず表に出します」


 その後、私は他の退職者に話を聞いた。他の部署について、上司の愚痴を話す者もいる。ただ、共通しているのは柴田の影響力だった。彼がほとんどの人間を間接的に辞めさせている。他の部署にも足が及ぶ。彼のことをもっと深く探らないといけない。

 私は端末を開いて、彼の投稿をクリックする。


『物事はひとつの側面だけとは限らない。誰しもが裏を抱えていて、騙されてネタにされるな。お前をおだてる奴らは、罠にかけてきてると思え』


 携帯を閉じる。私は武林とやり取りを再開させた。

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