第7話

 午後は夢ソーシャル会社の他部署を見学することになった。隣には武林が同行し、説明をしてくれる。最初に回るのは、人事部だ。


「着きました。ここが人事部です」


 人事部の部屋に入る。すると、スパイス料理のような香りが鼻腔をつく。


「ここはいつもお香がたかれてます。ほら、天井を見てください」


 報知器はガムテープでぐるぐる巻きにされ、密封されていた。その塊の下にテプラが貼られていた。月イチの消防点検の時にだけ外すようにという注意書きだ。


「あれで何とかなるんですか……」


室内は鮮やかな装飾が施されていた。南米をモチーフにした民族衣装や削られた石が並んである。


「柴田さんの殺風景な部屋と大違いですね」

「これは人事部長の趣味です。彼は旅行が趣味なのですが、お土産として部屋を飾っていきます。今回はどこですかね」


 職員の顔つきも心なしか生き生きとしていた。柴田のような、人が緊張しているピリピリした空気ではない。この人らは、異国情緒あふれる部屋に馴染んでいた。


「緒方人事部長は部下思いですよ。自分は定時で帰って、部下に残業させてるから、旅行先の料理とか出してくれるわけです」


 彼はその時の写真を見せてくれるようだ。彼はフォトをスクロールして、1枚をアップする。

 大皿に肉が盛られていた。チキンのような足が4つ並んでいるのと、牛みたいな胴体がこんがり丸焼きにされていた。その周りを社員が囲んでいた。彼らは笑顔で、自身のさらに肉や野菜を取っている。


「これは何の肉ですか?」

「犬です」

「冗談ですよね?」

「たぶん」


 緒方人事部長は、写真を送付する時に犬の肉だと一言加えた。それが真実かどうかは社員しか知らない。ただ、彼らは食事会のことを決して語らない。


「あ、城島さんですか。初めまして」


 男性がデスクから顔を出した。髪の毛が頭頂部まで後退ししている。彼は小走りで現れ、握手を求めた。私は習って手を出す。彼の手のうちは汗をかいていて、濡れてしまった。


「本日はどこを回るつもりですか?」

「人事部の後は工場を見学します。最後に営業部です」

「それは大変ですね」

「いえいえ、仕事ですから」


 人事部の働きを私たちは傾聴した。一日のスケジュールや派遣とのやり取りも行っている。私たちはプライバシーに接触しない範囲で記述した。

 初見こそ空気の違いに気圧されたが、中身は至って平凡だった。正体不明の肉を食わされるのは、この会社特有の異常さだ。人事部と別れ、私たちは工場へと見学に向かう。私たちはビルの長い廊下を歩き、エレベーターに乗る。指定の箇所に降りようとしたが、彼は指をとめ、予定とは違う階に着く。


「あ、途中で経理部がありますね。覗いてみますか」

「アポ取ってないですけど大丈夫なんですか」

「部長を少し見せたいんです」


 彼は経理部の前に行き、扉を1つ目ほど開ける。傾けて、部長を探す。一目瞭然の異質さがあった。


「あれなんですか」

「初音ミクです」

「いやそこを聞いてません」


 部長席の隣にはボーカロイドの抱き枕が座らされていた。口元は茶色に汚れ、ところどころほつれている。デザインからして初期の頃に発売されたものだろう。


「ここの部長は抱き枕と一緒に働いてます。あれは柴田の贈り物ですよ」

「仲がいいんですね」

「というより、柴田が取り入ってます。彼らの懐に入ったおかげで、おしおきグッズを経費で落とせてます」


 あのドライヤーや爆竹は会社の金で購入していた。


「誰も触ろうとしないですよ」


 その後、工場を見学した。死んだ目をしてレンチを動かす若者たちを横目に、的確に働く現場の社員もいる。彼らの最高記録は三徹らしい。

 最後に、営業部へ顔を出した。武林が扉を開けると、そこには営業部長と柴田がいた。


「柴田さん。どうしてここに」

「今日の夜に接待がある。うちの部下を貸そうと思ってな」


 よく見ると彼の後ろに新入社員がいた。研修で泣いていた女性と、光秀だ。2人とも配属された職務と違うことを任されていた。接待する相手の情報を営業部の人間から叩き込まれている。


「あんなに人がいるのに、兼任することあるんですね」

「それは私にも言えますよ。あなたを招待したのだって広報と兼ねてますから」


 私の窓口が別なのは、上司に賄賂を渡したからで、表立った活動ではないからだろう。


「彼らは顔が良い。選ばれるのもうなずけます」


 よく見ると、営業部の面々に見覚えがある。研修の時に、途中参加した社員たちだ。ひとつの配属から人をよこすのは、意図的なものを感じる。


「だったら最初から、営業部に配属したら良かったじゃないですか」

「柴田が直々に指名したわけです。彼らを教育してから送り出したいってことですね。言ってしまえば、誰でも出来る仕事を今やらされてるわけです」

「そう、なんですね」


 柴田は携帯を取りだし、何かを営業部長に押し付ける。彼は頷き、光秀ふくめ絶対に駆り出される人たちを招集した。


「これから『伝統芸』を教える」

「城島さん。この芸は記事にしないでくださいね」


 私は釘を刺され、外に連れ出される。

 その日は帰宅し、情報をまとめた。記事にできるところを抽出していると、連絡が飛んできた。武林からだった。

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