第5話

 今日は夢ソーシャル会社に行っていない。武林の情報によれば、新入社員の研修は継続中で、誰一人として帰っていないようだ。私は顔の判別できない動画を再生しながら、先輩からの意見を待った。

 その先輩とは、私と一緒に働いたことある人物だ。彼は新人教育係だった人であり、部署が変わった後でも贔屓にしてもらっている。先週に呼び出してから、彼は数分で承諾してくれた。人は見かけで中年男性だと判断するが、その内にある現場知識は宝物だ。


「お前これじゃダメだろ」


 先輩は提出したテキストを投げた。clipが外れて、暴露記事が散らばる。

 会社のイメージアップさせる原稿を進行させるのと、彼らのパワハラを暴露するふたつの記事を進めていた。今は、元の部署にいた先輩の力を借りている。


「どうしてダメなんですか。これは立派な告発になります」


 彼の投げた記事が地面に落ちた。私は拾い上げて、ページ順に片付ける。

 納得してくれるとは思っていなかった。ただ、ここまで非協力的なのは心外だ。


「お前の仕事はイメージアップを狙った記事だ。こんな記事を書いていたら見透かされる。特に新人のお前は」


 先輩が私に頷いてくれることを賭けてみる。彼が私を否定したのは初めてじゃない。


「だったら、あの会社に苦しめられてる人達はどうなるんですか。見殺しにしろって言うんですか」

「お前の役割じゃない。これはほかの人に任せろ」

「なら先輩がしてくれませんか?」


 彼は腕を組んで考え事をしている。店員の作ってくれたサンドイッチを口に運んだ。薬指に銀の指輪がはめられている。


「俺は子供が産まれたばかりだ」

「……どうしてもダメですか?」


 昔の先輩は熱意に突き動かされて取材を追っかけていた。徹夜で記事の修正をお願いしたのも懐かしい。


「その道のプロを紹介する。お前は何も手を出すな」

「どうしてですか?」


 入口で鈴がなった。夢ソーシャル会社の人間かと身構える。そんなわけないのに疑うのは、この事件が私を好転させるからだろう。もちろん、第一に会社の人間が正気に戻すべきだ。


「お前の記事を忘れたのか。証拠が足りてないのに一面に出した。まだネットでは叩かれてるよ」


 独り立ちした私が初めて取り組んだ記事。それは、留学生が大企業で冷たくあしらわれてるというものだ。個人に匿名で取材を重ね、大企業に張り込みをした。それでも、私が書いたものに抜け穴があった。そこを対象の会社が突き詰めて、私たちが劣勢になる。ネットでは私の所属する会社を責めるものもいた。最近は、大企業の方が筋を通していると考える若い人が多くて、頭を抱えることが多い。結局、労働環境が変わらなかった。


「私は先輩に見せるべきでした」

「ただ、世の中は正しい悪いなんか興味ない。天秤の傾いている方を叩くための材料を与えるしかない」


 私よりも業界に長くいる人の発言。真実に迫っているだろうが、私は自分の行持を信じて進もうと思っている。


「そうなんですかね。私は悪い人を言及してきたら社会は改善します」

「……そんな気持ちは大事だけどね」


 彼は胸ポケットからタバコを取りだし、火をつけた。彼のような大柄な男性がメビウスの8ミリを吸うのは珍しい。吸い口のカプセルを潰したら、1度口を離して、唇を舐めるくせが戻っていなかった。


「とにかく、この内容は書き直せ。時間は残されているのだろう」

「どう改善したらいいですか?」

「客観性が足りない。お前の話では、掲示板でマイナスイメージが広まっていたんだろ。ということは、柴田の被害者は退職者にもいるだろ」


 私は彼の発言をメモした。掲示板の書き込みをたどるのは困難だ。出来ることは、会社から退職した人々をあたること。武林に話したら協力してくれるだろうか。


「バレるなよ。それに、人を紹介するのも変わらない」

「分かりました」


 その後、先輩の近況を聞く。子供が生まれてから労働環境を変えた。残業はなるべく減らしたいらしい。そんな変化を私は知らされていなかった。人は半年会わないだけで置いていかれた気分になる。なぜ、私は置いていかれた気分になるのかは、分からなかった。

 彼と解散し、私はSNSを開く。


『アンチが私のDMに絡んでくるから人生相談に乗りました 1/4』というツイートを柴田がしてる。スクリーンショットの4枚が彼とアンチとの攻防を広げ、最終的に感動的なラストに至る。


「……見つけるか」


 私は端末をしまい、夢ソーシャル会社にアポを取った。必ず彼のことを裁かなくてはいけない。こうすることで、世の中は良くなると思うからだ。

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