第4話
研修の3日目は社員が3人1組でグループ作り、1人ずつ個室に連れていかれる。ここから、柴田や武林以外の男性社員が参加した。彼らは新入社員を連行し、肩が当たるほどの狭い部屋に閉じこめる。そうして、明かりを一切付けないで座禅を組ませた。彼らには将来なりたいものを想像させる。そうして、男性社員は竹刀を手にし、床に振り回す。彼らは怯えつつも動かないように努めた。首を回すだけでも肩に竹刀が当てられてしまう。30分たって、その場で発表する。見張り役の支持で罵倒か賞賛に分けられた。罵倒では、その夢は叶わないと言った人格を否定した攻撃を受ける。賞賛は彼らの容姿や学歴をほめた。主に罵倒が多用されるから、褒められることが少ない。そして、褒められたら彼らは涙を流し一体感を得た。
私はこの3日間のことをまとめる。昨日の夜に音声は確認し、柴田の凶行を録画していた。カメラはデスクで編集しなければならない。これだけでも収穫だ。
新入社員は柴田のパワハラに付き合い、自制心が無くなっていく。既に下田は彼に忠誠を誓っていた。昨日の夜に抱擁されてから、背中を追いかけている。
「城島さん。送りますよ」
武林がロビーにいる私へ声がけした。彼らの合宿は継続する。彼らに寄り添わないのは名残惜しいが、早く帰宅して記事にしたいという思いもあった。私は彼の後ろについて行く。
彼は社用車を用意していて、助手席に腰を据える。手前のドリンクホルダーに未開封のペットボトルがあった。
「よろしければ飲んでください」
「ありがとうございます。いただきます」
お茶を開封し、喉を通す。ぬるいお茶が乾いた口を湿した。
「この3日間で記事は書けそうですか」
「研修だけでも収穫がありました。今後ともお付き合いお願いします」
「でも、会社の全体像はこれから見てもらいます。研修だけで1本行けそうですか」
「濃い体験でしたね」
「すごいパワハラですもんね」
彼は車を動かしながら口は微笑んでいる。自社の問題点を外部に話してなんの目的だろう。今さら親密さなんて求めても内容を変えるつもりがない。
「バワハラですね」
「うちの会社はこんなもんじゃないですよ。柴田は色んなお仕置を考えてますから」
光秀に爆竹を巻き付けるとき、お仕置きを命じた。あのような拷問が何種類もあるのか。そう思うと特集で引っ張れそうだ。彼らの悪事を晴らしたいと、使命感を燃やしてしまう。
「で、どうして貴方は止めなかったんですか?」
「は、はあ。それはどういう意味ですか?」
「新人が虐められていたのに、止めようともしない。そのカメラのメガネとか、工夫を感じられますね」
「気づいていたんですか?」
「ええ、私はあなたを調べました」
「契約打ち切りですか」
車は山道のくねった道を降りている。右や左に曲がるたび、体も追従した。武林は体幹が強いのかブレない。両手をハンドルの上向きに置いていた。
「そんなことしないですよ」
木々の影が車内を薄い黒で満たした。眉毛を潜めなくても、景色が見られる。
ただの平社員ではない。彼は人脈を活用して私の過去から性格を引き出そうとしていた。
「ここの記事で実力を見せるつもりでしょう。例えば、ブラック企業という見出しとして」
「……何を言っているんですか?」
「過去の貴方なら会社を記事にするでしょう。でも丸腰ではいるところは新米かなって思いますね」
私は観念した。はぐらかすにも嘘を重ねて自滅するだけだ。ただ沈黙し、正面の車が進む道を眺める。
「で、証拠は足りるんですか?」
「何?」
「世間は騒ぎますか。ブラック企業なんていくらでもある。それこそ、俺たちのような会社なんて世界には幾つもあるでしょう。こんな会社なんて一瞬で話題が去ります」
武林は出会った時から不審だった。何を考えているのか不明だ。柴田に熱狂的な態度も取らない。唯一、2日前に柴田のことを涙ながらに話していた。あれは演技だったのか。
「武林さん。あなたは何を求めているんですか?」
「あなたの記事が読みたいだけです」
イメージアップの話は武林が持ち出したようだ。柴田が私の上司に賄賂を渡しているが、実質的には武林が押したようなもの。
「私はあなたを信頼できません。何かありますよね」
「さあ、どうでしょう」
質問には答えるつもりがないようだ。彼は柴田に焦点を当てて、自分の考えを見せないように心がけている。その凍った部分を溶かすのは時間がかかるはずだ。
「少なくとも私があなたとの窓口です。柴田や会社にはバレないようにしてくださいね。あなたは正義感が強いから私を売るなんてもったいないことしないでしょう。会社の暴走をとめたいのは私も同じ思いです」
そうして車は私を会社まで運んだ。彼はタイミングを見て連絡を寄越すとだけ告げる。自身のデスクでパソコンを立ち上げ、画像をアップロードした。彼のパワハラが1部分だけ写っている。顔が判別できないほど雑な解像度だった。
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