第2話

 私は新入社員と共に研修先に向かうことにした。本社前に8時集合となっている。眠れなかったのか欠伸をする若者もいた。やがて、大きなバスが到着する。窓はカーテンで仕切られており、中身が一切わからない。ドアが開き、柴田が出迎えた。歓迎会のように清潔感のある身のこなしを崩していない。彼は新入社員たちを一巡し、人数の確認を取っている。その後、私のことに気がつき、小さく手を振ってきた。


「全員揃ってるね。よし、早く乗り込んじゃおう」


 ぞろぞろとメンバーが入っていく。私は最後尾の位置で、柴田の案内した座席へ行った。すると、隣には柴田と同じようなサラリーマンが同伴している。彼は私の存在に気が付き、立ち上がり名刺を渡した。


「はじめまして。柴田と同じ部署で働いている武林と申します。今回から城島さんの付き人のようなものをやらせてもらいます」

「は、はぁ。私は聞いていませんけど」

「新人研修は独特なので疑問が出ると思います。私は、その補佐程度です。あまり気にしないでください」


 彼の存在に警戒しつつも、今回の取材ではなにか掴めるのではないかと確信していた。なぜなら、私は事前に目的地を聞かされているのである。当然、新人には漏らさない約束だ。

 今から新潟の山奥に行く。そこは閉鎖された環境の合宿施設がある。この会社は研修する際に利用していた。記録では、この施設が建設されてから毎年使用されていた。ただ、合宿の内容までは聞かされていない。

 新人に聞き取りを行う。私は通路側の男性に声掛けた。短髪の黒色で、まるブチメガネ。クラスの集合写真では隅っこの方で笑顔が下手そうな地味な男性といった印象だ。彼は自分の名前を下田と言う。


「緊張してますね」


 下田はメガネをかけ直して答えた。


「はい。私は集団行動が苦手で、馴染めるか不安です。今回の合宿も、実は気乗りしませんでした。ほかの研修ってどんな感じなんですか?」


 私はドラマ版フリーター家を買う1話で登場した寺のシーンを話した。真実だと受け止めたらしく、モルモン教徒なんですが……、と言い訳している。


「下田くんは誰かと話したりした?」

「はい。前の席に座っている光秀と友達になりました。あの陽キャのやつです」


 バスの前方に座る男性だろう。私が乗車したら目線があった。彼の瞳はトカゲみたいに鋭くて、値踏みされているような感覚で不愉快だ。


「彼と今まで付き合った女性の酷い別れ方で盛り上がりました。私はネット恋愛専門なんですが、彼は偏見なく聞いてくれたのです」


 すると、胸ポケットからスマホを取りだし、アプリを起動させた。彼はTwitterを立ち上げ、リストを公開する。


「これは『タヒねよ』さんフォロワー欄です。この中にある〇〇って女性と付き合いました。メンヘラでした」


 下田の隣に居る男は、彼の話にドン引きして、彼に嫌悪感を示していた。彼の話を傾聴しているうちに、バスは到着する。



 柴田は施設に到着し、新入社員たちに部屋の割り振りをしていく。彼らが寝泊まりするのは2段ベットがふたつ入っている手狭な部屋。柴田や私は個室が用意されていた。お手洗い場の紹介と、売店がある。そして、救急箱が置かれていた。


「基本的な説明はこのぐらいかな。とりあえず、10分後に体育館に集まってくれるかな。簡単な運動をするから」


 彼らは支度を終えて集合する。柴田の手にはドッジボールがあった。彼は新入社員をチームに分けて試合をさせる。勝った物には高級料理が提供される。彼らは戸惑いつつもスポーツに興じた。体育館から出た頃には、汗を流したからか、打ち解けた様子だ。晩御飯はバイキング形式で、既にグループ形成してある。

 今のところ研修の様子はない。遊びで打ち解けさせて、ご飯を提供する。肩透かしだった。

 食事を終え、彼らは席から立とうとする。その時、柴田は手を叩いた。


「皆さん注目。ご飯を終えた後に、第1会議室に集合するように」


 彼らは言われるままに行動する。その会議室では、プリント用紙の資料が席に並べられていた。彼らは手前に詰められるよう配置される。何が起きるのか困惑していたけれど、怯えることはなく、グループの面々と感想を言い合う。

 柴田がホワイトボードの前に立つ。彼はマジックペンで夢ソーシャル会社の理念を記入した。


「お前らは研修にびくついていたと思う。そんな怖いものでもないだろ。今日は互いを知ってもらいたくて遊んだ。まあ、今からは仕事に関する心構えを話す。武林」

「はい」


 私の隣にずっと居た。彼は初めて離脱し、柴田の指定先に立つ。そうして、武林は注目を集め、新入社員が静まり返り、口を開く。


「わたしはこの会社に出会うまでクズでした。親に生活費をパチンコ代に当てていたのがバレて、実家に戻されました。親の紹介で、この仕事に派遣されて、最初は嫌々でした。でも、隣の柴田さんから愛のある扱きを受けました。すると人生が変わったんです。良いですか。ここから重要です。労働はチームワークで、場を壊さないことが大事なんです。効率を上げ、どの部署よりも抜きん出る。君たちがどこに配属されるのか分かりませんが━━」


 その後も身の上話が続いた。話は退屈で欠伸をかみ殺す。同じ思いを若者たちも抱いていた。話しに着いていかず、隣と笑うもの。疲れで睡眠している人もいた。

 武林は徐々に熱帯びて話を発展させていく。柴田がパワハラ上司を追い払った話とか、不正を働く女性社員を解雇に追いやるなど、どれも荒唐無稽な作り話だろう。

 手帳に記述し、なにかヒントになるかもとメモしていると、背中に感触があった。私が気が付かぬうちに後退していた。会議室の後ろはミラーになっていた。その鏡は指紋が付着し、掃除されていない様子だ。私は自分の顔を見つめる。どうも、感情が顔に出てしまうたちだ。興味を持つふりを続けようとしたら、違和感に気がついた。


「これマジックミラーだ……」


 わたしは会議室から出て、後ろの方を確認しようとした。すると、台車の車輪が回転する音がした。部屋の扉を閉め、スーツ姿を目で追う。『爆竹』と書かれた袋を乗せていた。

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