インフルエンサー・イン・ザ・ブラック

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

城島

第1話

 4月の頭から働き始める若者も多いだろう。彼らの多くはハッシュタグのデマツイートに騙される事も少なくない。そんな彼らが惑わされないように、この記事を投稿している。今から私が記述するのは、ある国内の会社だ。私たちは残酷な表現を避けず、あなたたち自身で判断してもらうため、包み隠さず紹介する。これは日本で実際に会った会社である。また、臨場感を重視して、小説風で進めていく。



 新入社員は絢爛豪華な会場に案内されて、これからの将来を期待したように目を輝かせている。ブラック企業の特徴として、新入社員を綺麗な会場に連れていくというものがあった。室内の横はケータリングが用意されている。霜降り肉や伊勢海老が調理されていて、どれも高級食材ばかりだ。この会社は有名な噂があるけれど、現実味があるかもしれない。


「お、城島さんですか?」


 私を呼んだのは、前髪を横にかき分けている男性だった。スーツを着こなすその姿は、社会経験の長さを伺える。私はこの男を認知していた。というより、今の日本では彼を知らぬものも少ないだろう。


「お目にかかれて光栄です。城島と申します」


 私は名刺を差し出した。彼も同じような動きをする。


「私の名前は柴田と申します」


 柴田活(しばた かつ)。夢ソーシャル会社は彼の名前が必ず上がる。彼も30代という若さで新人教育に長けている。卓越した現場の指導力で課長にのし上がった男。彼が凄いのは業績エスカレーターの早歩きではなく、SNSの活用法にある。『新進気鋭の柴田です』というアカウントを運営していた。60万人が彼をフォローしていて、ツイートすればRTの数が5000を超える。主に、社会における価値の示し方やブラック企業の見分け方が多い。ときどき、視野の狭い政治感を披露する。彼の観測外で炎上しても、鉄のように硬いファン層が彼まで届かせない。著名人も彼と退団したりしていて、多忙な人間だ。


「いつもアカウントを拝見してます。勉強になってます」

「そんな大それたものじゃないです。でも、最近は出版もしてるので買ってくれると嬉しいですね」


 彼が冗談を放つので、笑うタイミングを合わせた。彼は満足したのか離れていき、壇上にあがる。天井の明かりが絞られていき、新入社員は前方に注目せざるおえない。


「これから貴方たちを教育する柴田です。はじめまして。まずは初めに、貴方たちは見る目がある。なぜなら、この会社に入ることが出来たからです。そして、社会に選ばれたとも言える。どうか、ここで私と新入社員との絆を育んでいければ嬉しいです」


 そうして、新入社員に対して1人ずつ握手をした。期待しているよと瞳を輝かせ、最後の一人になった時はマイクを持った。


「我が社の夢ソーシャル会社に来て下さりありがとうございます。次に、社長の挨拶があります」


 彼は隣の老人にマイクを手渡す。会釈したのち、柴田に次いで話を始めた。長話しているうちに、私は会社のことを思い出す。

 夢ソーシャル会社は不景気な世の中でも業績を残している。

 毎年、新入社員や中途採用など募集しており、表向きは評価が高い。しかし、去年から悪い噂が経つようになった。

 某掲示板で、去年からブラック企業だという書き込みが増加した。柴田が私の上司に賄賂を渡し、企業のイメージアップに務めることになった。


「社長。スピーチありがとうございました」


 大きな拍手が周りから上がる。社会経験の豊富な老人に鼓舞されて、若者たちは高揚していた。指揮の高い状態のまま、マイクは柴田に戻っていく。


「はい。皆さん、最後にビデオを見てもらおうかなと思います」


 柴田はマイクを持っていない方にスイッチを持っていた。彼は壇上から降りて、スイッチを壁に向ける。頭上からスクリーンを映す白幕が現れた。降下が止まり、プロジェクターから上映される。


『新入社員の皆さん! ご入社おめでとうございます!』


 大勢の社員がカメラに向けて大声を上げていた。彼らは両手をあげ、笑みを作っている。ただ、私は彼らの目下に大きな隈があったことを見逃さなかった。


『夢ソーシャル会社は新入社員を歓迎してます。営業部は駆け回り、人事部はあなた達を見極め、現場で待ってます。楽しい会社だよー』


 新入社員たちも異様さに気が付き始め、周りの人達とざわざわ話し始めた。大きな人達が幼稚園児の先生みたいな発言の遅さで、張り付いた笑みやオーバーリアクションを壊さなかったからだ。

 その次、彼らは手を繋いで一緒に踊りだした。彼らは手を振ったり周りにハイタッチしている。そうして、彼らはパソコンデスクの横を歩いていき、社内の説明を開始した。


『今から君たちは合宿に向かってもらいますね。試験に合格したら配属する場所を決めるよ。なにか質問があったら柴田に聞いてね。皆に会えるのを待ってるよ。あ、合宿のことを呟いたら秘密保持契約を破ったとみなして訴るから気をつけてね』

「皆さんの安全を考えて、携帯は没収します。試験が終わったら返すので心配しないでください」


 柴田が動画を補足する。


『それじゃ、ご飯楽しんで。ばいばーい』


 その次、動画内で激しい衝突音がした。画面の後ろに椅子が回転して、壁に刺さる。「何回言えばわかんだよ!ボケが━━━」再生が終わり、照明が元に戻される。柴田は新入社員の質問を待った。すると、1人の社員が手を上げる。


「今のは何ですか?」

「今後の説明かつレクリエーションです」

「いや、叫び声みたいなのが……」

「他の動画と混雑しました」


 彼らはまだ赤子だ。シワの入った中年に萎縮して喋ることが出来なくなっていた。それでも、先程の彼は続ける。


「あの、研修は何日かかりますか?」

「3日程度です。心配しないでください。みなを閉じこめるわけじゃないんだから」

「研修会場はどこで行われますか?」

「社内の秘密保持のためにあかせません。遮光カーテンのバスに乗ってもらいます」


 彼は新入社員の不安に寄り添わない。あえて、拒絶するような言葉選びから、彼らにマウントを取ろうとしていた。


「何怖い顔してるの。食べて食べて」


 説明が終わり、彼らはご飯を提供される。ケータリングを手にするもの。柴田や動画の内容から躊躇う者に別れていた。

 夢ソーシャル会社の悪い噂。掲示板の書き込みは大半が柴田への指摘だった。彼の指導は中世の拷問だ。人権侵害の発言でマインドコントロールをはかっている。退職届を目の前で破られてしまう。書籍を買わされる。

 ネットの書き込みを信じてしまうのは罠だ。しかし、今の動画に入り込んでいた怒声が、真実味を持たせてしまう。

 私は彼らのイメージアップに非協力的だった。仕事として当たり障りのない発言で取り繕う予定だったが、心の中で決意する。私はこのブラック企業の実態を暴露する。元々のノウハウで彼らのことを報道する。


「城島さん。あなたも好きなものを食べてください」


 柴田が書き留める私を気にかけた。接近し、内容に介入するつもりだろうか。警戒心を強め、返事を畏まる。


「そんなことおっしゃらずに食べて。あ、アレルギーありました?」

「アレルギーは無いです」

「よかった。合宿には城島さんの分も頼んであります。でも、滞在は3日間でしたよね?」

「はい。それ以降は予定があります」

「今後も来ますよね?」

「これから長く付き合います」

「では、よろしくお願いします。僕のことを特集してくださいね」

「ええ、あなたは目立つので」


 私は柴田の盛り付けた皿を受け取る。スパゲティがミートボールの下敷きになって、ソースが混ざってしまった。

 これが、柴田との出会いだ。そうして、あの事件へと近づいていく。

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