第15話 狐の嫁入り 4/6
「きゃぁーーーーー!!!!」
窓から様子を見ていた生徒達が騒ぎ出す。
「窓から離れろーー!! 部屋の鍵を閉めて上級生は結界を張れーーー!!」
と、体育教師の怒号が響いた。
「九十九…」
玉藻の前の妖気に
「七不思議の儀式、君に遂行してもらいたい。君は賢いから、僕達の話を聞いてやり方は知っているはずだ」
知っている。
でも…
「こん…!!」
一緒に来て欲しい。
ここに残らないで欲しい。
強大な敵に立ち向かわないで欲しい。
生徒達を見捨てて、この場を逃げ去って欲しい。
稲荷川だけは、死なないで欲しい。
「…そうはいかないよ。僕は教師だ。生徒達を見捨てて逃げ出す訳にはいかない」
「こん…」
凄く嫌な予感がする。
もう二度と稲荷川に会えない。
もう二度と稲荷川に撫でてもらえない。
そんな確信に近い予感に押し潰されて動けない私を、
「さあ、行って…!」
───とん。
稲荷川は優しく、そして強く押し出した。
「こーん!」
私は走った。
背後に戦闘音を聞きながら、振り返らずに走った。
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───同日
───富士の樹海
四谷は万治郎の額に銃剣の切先を推し当てた。
「もう霊力も残ってないんじゃないの? ほら、こんなに突き刺さるよ?」
額から血が滴る。剣先は頭蓋骨を貫通し、脳にまで達した。
「…まさか、お前さん如きに殺されるとはのぉ。…じゃが、これで計画は成った。礼を言うぞ…」
「計画? 何の事だか知らないけど、負け惜しみも大概にしてよね。アンタはもう死ぬ、僕の方が優れていたから。で、最後に言い残す事は?」
万治郎はニヤリと笑みを浮かべた。
「……また会おう」
ズシャ!
剣先は脳を貫き後頭部から突き抜けた。
そして、その銃剣を勢い良く引き抜かれ、頭から血飛沫を上げて、万治郎はその場に崩れ落ちた。
こうして、岩園万治郎は死んだ。
「…はは! あはははははは!! やった、僕の勝ちだ! 最強の霊能力者、岩園万治郎に勝ったんだ!! いやっったああああああああ!!!!」
四谷はひとしきり狂喜乱舞した後、最後に万治郎の亡骸に蹴りを入れた。
「ふぅ……。さて、学園に向かおうか。万治郎以外の霊能力者なんて雑魚ばかり。もう僕の狐のお嫁さんが皆殺しにし終えた頃だろうけど。確認に行こう」
四谷は冷静になり、ふと万治郎に目を遣る。
「『また会おう』? 訳の分からない事言いやがって…。化けて出るつもりか? 霊体じゃ肉体程の力は出せない。どの道、勝負にならないね」
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───同日
───霊峰学園 初等部校舎 地下 儀式の間
私は薄暗い部屋に108個のロウソクを立て、マッチで火を付けた。
「ここんこんここんこん(歩く二宮金次郎像)」
フッ、と一本ロウソクを吹き消す。
「ここんこんこんこん(目の合うベートーベン)」
俗に言う「怪談百物語」の要領で、一つ怪談名を読み、一つロウソクを消す。
それを繰り返していく。
そして、
「こここここんこん(口裂け女)」
フッ…
最後のロウソクを吹き消した。
「こん!」
これで七不思議計画の儀式は完了。
学園内に配置した曰く付きの物品、
学園に関係する霊、
何でもいい…。
はやく目覚めて…!
稲荷川を助けて…!
… … …
… … … … … …
… … … … … … … … …
ぼわっ
「!!」
儀式は失敗したのかと不安になった。
実際は数分だったが、永遠に感じられる時を待った。
待った結果、室内に貼られた札の一つに光が灯った。
『歩く二宮金次郎像』
成功だ。
しかもこの札、『歩く二宮金次郎像』は岩園万治郎が狙っていた怪談だ。
私は部屋を飛び出し、岩園万治郎の像に向かった。
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───同日
───霊峰学園 広場 万治郎像前
「しくじったのう…まさかこんな発注ミスを犯すとは…」
万治郎像が蠢いている…!
像に万治郎の魂が宿ったんだ…!
私は像に近寄ると稲荷川の救援を求め、喉が張り裂けんばかりに吠えた。
「こん!!! こんこん!! こん!!!」
「…ん? お前さんは確か…稲荷川先生が飼っとる狐か」
「こんこん!! こん!! ここん!!!」
「何を言っとるか分からんが、今の儂は身動きが取れん。ほれ、見てみぃ。足が土台とくっ付いとる」
万治郎は足をグネグネ動かした。
「こん……」
失望した。
この場を動けないんじゃ、万治郎の助けは期待できない。
「そうじゃ、学園に玉藻の前が潜伏しとるらしい。お前さんはその事を稲荷川先生に伝え………って、おい! どこへ行く!!」
「…こん!」
私は万治郎に見切りを付け、稲荷川のもとへ急ぎ戻った。
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───同日
───霊峰学園 学生寮前
「…こん!?」
凄惨たる有り様だった。
私が駆け付けた時、ちょうど目に飛び込んできたのは、玉藻の前が最後の教員、稲荷川を八つ裂きにしている場面だった。
「こん…!!」
「…あら、同族?」
玉藻の前は私に気付いた。
私は玉藻の前を無視し、稲荷川に駆け寄った。
「こん…! こん…!」
「…ああ、九十九か…。七不思議の儀式は…成功したかい?」
「こん…!」
「九十九、僕の最後の頼みだ…。とても残酷なお願いだが……今、君にしか頼めない…聞いてくれ」
「…こん」
「いいかい……七不思議が来るまで、時間を稼ぐんだ……。玉藻の前に生徒を殺させるな……。君の命を賭して…生徒を守るんだ……」
もう稲荷川は助からないであろう事は、現状明らかだ。
だったら、
「……こん!!」
私は吠えた。
稲荷川が安心して逝けるように、力強く、精一杯に吠えた。
「つ…くも……あり…が…と…」
これが、私と稲荷川の最後の会話だった。
私達の様子を眺めていた玉藻の前が、クスクスと笑い出した。
「え? そこの彼、貴女に私の足止めをお願いしてました? おほほ! 可笑しい!」
「こひひ…」
確かに、可笑しい。
今の私は可笑しい。
稲荷川の死がショックで可笑しくなったのか、笑みが溢れる。
顔がニヤける。
口角が異常に上がる。
口が裂けたみたいに。
「おほほほほ! おほ……。……!!?? なにっ…貴女、その妖力は!!!」
学園を取り巻く妖気が、私に収束していくのを感じる。
今日の事件が全て終わった後、儀式の間を確認しに行くと、『歩く二宮金次郎像』の他に光を放つ札があった。
その札の名は、『口裂け女』。
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