第16話 狐の嫁入り 5/6


───同日

───霊峰学園 学生寮前



「………」


九十九はゆらりと立ち上がり、虚ろな目を玉藻の前に向けた。

口元には笑みが浮かんでいる。

口が裂けたように吊り上がった笑みを。



玉藻の前は自分に匹敵、いや、上回る妖気を纏い始めた子狐に一瞬怯んだが、直ぐさま攻撃に転じた。



「狐火!」


玉藻の前の掌に高温の火球が出現する。


妖術で練られた火の球。

術者の妖気によって火力は変わるが、玉藻の前のそれは摂氏900度に及んだ。



それを九十九に投げつけた。


が、



ジュッ…!



赤い血のカーテンに遮られ鎮火した。



「何その血…?! 何なのその妖術は…?!」


(いや、私は知っている! その妖術は『狐の嫁入り』、本来は大気中の水分を操り雨を降らす妖狐の基礎妖術! それを死体の血でやってのけた!? しかも、私の狐火を打ち消すほどの水圧で!!)



辺りに転がる教職員の死体から流れる血液が上方向に滴り、赤い水球となって九十九の周囲を漂う。

そこから、



ピッ!



と、高圧で発射された血の刃が玉藻の前を襲う。



「うわっ!?」


すんでのところで玉藻の前は躱した。



伝承では、口裂け女はメスやハサミ等の『切断』に特化した武器を用いて、相手を『血』に染めた。

その加護が九十九にプラスされていた。


特に水分を操る『狐の嫁入り』と、口裂け女の『切断』と『血』は、恐ろしい程の相乗効果を生み出していた。



結論から言うと、玉藻の前は躱すだけでなく、べきだった。

九十九の『狐の嫁入り』の作用範囲外まで。




…バシュッッ!!




エリマキトカゲのエリマキのように、玉藻の前の首から血が噴き出した。



「…あ、れ? 地面が近づい、て……」



ぼとっ…


と、玉藻の前の頭が地面に落ちた。



地面に落ちた玉藻の前の頭が、首の無い玉藻の前の胴体を認識した瞬間、



ズババババッ!!



と、玉藻の前の頭と胴体は、その体内に流れる血で出来た刃により、細切れになった。



九十九の『狐の嫁入り』は、その作用範囲内全ての『水』と『血』を高圧の『水刃』に変える妖術となった。


操る血は自他を問わない。

結果、生物に対しては必中・必殺の妖術となっていた。




こうして、紀元前から生き続けた大妖怪・玉藻の前は、この日、七不思議に成ったばかりの子狐によって討伐された。



─────────────────────────────────────


───同日

───霊峰学園 正門



正門を通り抜けた四谷の目に、とんでもない物が映り込んできた。



「えっほ、えっほ」


「はは…、これは何の冗談かな…?」


「おぅい! さっき振りじゃのお!」



先程、殺したはずの万治郎が石像となり、しかも、逆立ちしながら近付いて来ている。

足の先に土台を付けたまま。



「初めからこうすれば良かった。『歩く二宮金次郎像』。なるほど、どんな状態でも歩ける。足を使わなくとものぉ」


「化け物め…!!」



パン! パン! パン!



四谷は発砲するも万治郎は傷一つ付かない。



「ああ、今日から儂の身体は最高級大理石じゃから、毒は効かんよ」


「僕の銃の威力で大理石が砕けないって事は、霊能力も健在かい?」


「そゆこと」


「そっか……。じゃあ僕は帰るよ…!」



四谷は後ろを向き、逃走を計る。


その背中に堅く平たい物がぶつかった。



「ぐはっ!!?」


「帰る? 地獄へ、か?」



万治郎は腕の力で跳躍し、土台ごと四谷にドロップキックしていた。

そのまま、四谷を運びながら校門の塀へ飛んで行く。



「ぐああああああああ!!! 万治郎おおおおおおお!!!」



…ぐちゃ!!!



土台と塀に挟まれた四谷は、赤いシミとなって死んだ。



─────────────────────────────────────


───同日

───霊峰学園 学生寮前



「………」


九十九は無言で、稲荷川の千切れた身体を繋ぎ合わせては包帯を巻き、薬品を振りかける。


こんな場当たり的な医療では、稲荷川が息を吹き返す事は無いと分かっていた。

だが、そうせずにいられなかった。

あの時、瀕死の九十九を救った医療。

死を拒絶した、その医療を信じて。




「生徒の死傷者はゼロ。何とも誇らしい限りじゃ、我が学園の教師陣は」


いつの間にか背後に逆立した万治郎がいた。

九十九は万治郎を無視した。


「七不思議の力は玉藻の前をも退けたか」


万治郎は九十九を見て言った。

九十九は無視した。


「と言うか、お前さん。生きながらにして七不思議に成れたんか。ひょっとして、儂も死なんでも良かったのか?」


「………」


「ま、どうでも良いか。そんな些細な事は」


「………」




「…稲荷川先生に、また会う方法がある」


「!!?」


九十九は初めて振り返った。



「いつかの未来、稲荷川先生が七不思議として呼ばれる日が来るやもしれん。その日まで、この学園で生徒を守り続けろ。それが唯一の方法じゃ」


「………」


「稲荷川先生が命を賭して守りたかった者。それをお前さんが守り続けるんじゃ。霊峰学園七不思議としてな」


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