第19話 その桜の木の下には死体が埋まっている 2/4
───桜の花が全て散った時、患者の命が尽きる。
「うわあああああ!!!??」
ショウヘイは恐怖のあまり、松葉杖も持たずに病室から飛び出した。
(死ぬ! おっさんだけじゃなくオレも!)
ショウヘイは出口を目指して這いつくばりながら移動した。
すると、
ざっ…ざっ…ざっ…
廊下の向こうから数人の足音が聞こえた。
「やばい…!」
ショウヘイは咄嗟に空き部屋に隠れ、音が通り過ぎるのを待った。
ざっ…ざっ…ざっ…
「………」
ショウヘイは初めて自分の心臓の音を意識した。
こんなにうるさく鳴り響いていたとは。
どうか、この鼓動音が外に漏れないようにと、神に祈った。
ざっ…ざっ…ざっ…
空き部屋のドアには窓が付いていた。
ショウヘイは恐る恐る覗き込むと…
「!!!?」
年老いた看護婦長、それに連れ添って歩く3体のピンク色の人影の姿があった。
おっさんが話していた怪談、夜な夜な徘徊するピンク色の人影がショウヘイの目の前を通り過ぎて行く。
ざっ…ざっ…ざっ…
ショウヘイは息を殺しじっと耐えていた。
(こいつら、おっさんの病室に向かってる…。ゴメン、おっさん…。オレがナースコールを押したばっかりに…)
完全に足音が聞こえなくなってから、ショウヘイは空き部屋を出た。
出口を目指し這いつくばって移動する。
(…あの階段を下りれば出口だ!)
しかし、階段に向かう廊下の途中に、明かりの灯った部屋がある。
しかも、中から話し声がする。
更に運の悪い事に、ドアが少し開いている。
階段にたどり着くには、その部屋を横切らなくてはならない。
ショウヘイは意を決して、気付かれないよう慎重に進む。
部屋から声がする…。
院長の声と、聞き覚えのない男女の声…。
「いやあ、こんな真夜中にすまんのぉ。この姿を人前に晒すわけにいかんもんでなぁ」
「いえ、お構いなく。引き取り先が見つかって、妻共々安心しております」
「わあ、見てください万治郎先生! 最新の医療器具と薬品がいっぱいありますわ!」
「ふぉっふぉっふぉ、興奮のあまり変化が解けかけとるぞ、九十九」
ショウヘイは横切るついでに、チラッ、と部屋の中を見た。
「!!!?」
そして、釘付けになった。
院長と話しているのは、初老の筋肉質な石像と、狐の耳と尻尾の生えた女だった。
「病院を畳んだ後、
「奥様は我が学園の一期生じゃからのぅ。学園にいた頃からマンドラゴラやアルラウネなんかを育てとった」
「そうなんですか…。私には霊感が全く無くて…。でも、百色に助けられてきたのは事実です。この病院が私と妻で切り盛りできたのは百色のおかげです。なので、自信を持って言えます。そちらでも百色は役に立つ、と」
「ふぉっふぉっふぉ、大いに期待しておりますとも」
「…あの、万治郎先生。それよりも、どうするんですか?」
「ん? 何じゃ、九十九?」
「さっきからそこで、覗いている男の子は」
「!!!!!」
気付かれていた。
ガララッ!
狐耳の女はドアを開けた。
「ショウヘイ君!? どうしてここに!?」
「ふむぅ」
「うわああああああああ!!!!」
ショウヘイは慌てて階段へ向かう。
「足を怪我しているのですね。……あっ、危ない!」
「うわっ!?」
ショウヘイは階段に着いたものの、体勢を崩して転がり落ちそうになる。
フワワァ…
しかし、突然、桜の花が階段の下から吹き荒れ、ショウヘイの体を包み込んだ。
ざっ…ざっ…ざっ…
その直後、ピンク色の人型が現れた。
そして、ショウヘイを繭のように包んだまま、担いで院長達の前に運んだ。
「…百色、ショウヘイ君は無事かい?」
院長の言葉に反応し、花の繭が開かれ、ショウヘイの顔が見えた。
「………」
「…ふう、気を失ってますが、無事なようですね」
狐耳の女は安堵の溜め息を吐いた。
「よく受け止められたものじゃ。素晴らしい働きじゃったな、百色君は。九十九、百色君の素養をどう見る?」
「百色さんは…、長年生き続けた結果、妖怪化しています。霊力もそこそこ。しかし、呪力はありませんね」
「呪力が無いとは…、良い事なのでしょうか?」
院長は疑問を投げかけた。
「どちらとも言えんのぅ。日常生活では負担となる事もあるが…、戦闘では有用な武器となる」
「ここって元は墓地だったのですよね? その頃はどうだったか知りませんが…、おそらく奥様が解呪されたのでは?」
「妻が…?」
「ふむぅ…。呪力を下げつつ、妖力と霊力を上げる方法……。輸血液の投与じゃな」
「輸血液の投与…? すいません、素人の私には、逆に呪いの儀式のように思えるのですが…?」
「死体から搾り取った血、拷問で流された血、とかなら呪いとなるでしょうが…。輸血液は違いますよね? その製造過程が」
「…あ!」
「…『善意』ですわ。自らの身に針を通してでも、見知らぬ誰かを救いたいという人の善意。輸血液は善意で作られた血なのです。残念ながら使用期限があるので、廃棄せざるを得ない輸血液も生じてしまいますが…。奥様はその廃棄されるはずだった善意を百色さんに与えていたのです」
「つまり、今の百色君の身体には、根から花先まで、人を救いたいという善意が駆け巡っとるという訳じゃな」
「だから、百色は病院を手伝ってくれていたのですね……。って、そんな事より、ショウヘイ君はどうしたら…」
「このまま、病室のベッドに戻して構わんじゃろう」
「ええ、この子も触れましたからね。百色さんの善意に。……あとついでに、私が開発した新薬をこの子で試したいんですが、構いませんね?」
狐耳の女は懐から緑色の液体を取り出した。
「こら、九十九! 他所の子で人体実験をしちゃいかんぞ!」
「人聞きが悪いですね! これは私の善意ですよ!」
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