第18話 その桜の木の下には死体が埋まっている 1/4


───西暦2025年(令和7年) 11月 17日 7:25

───霊峰学園 初等部新校舎 三年教室



この日、ラーゼロンは朝っぱらから、初等部三年の教室で飼われている、インコのピーちゃんと戯れていた。


「ピーちゃん、おはよう! 我はラーゼロン!」


「ピーチャン、オハヨウ! ワレハ、ラーゼロン!」



ラーゼロンとピーちゃんの周りには、生徒達が集まっていた。


「魔王もペットかったら?」


「我もかつてコカトリスを飼っていたぞ。ピーちゃんほど賢くはなかったがな」


「ピーチャンホド、カシコクハ、ナカッタ、ガナ!」


「ねぇ、魔王。今日は七不思議会議があるんじゃなかった? 行かなくていいの?」


「む! そう言えばそうだったな! では、さらばだ子供達、そしてピーちゃんよ!」


「さらばだー!」


「サラバダ、サラバダ!」



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───同日 7:30

───霊峰学園 中等部新校舎 会議室



「えぇーー!!?? 中止ーー!!??」


テンシアの怒号が会議室に響いた。


この日、中等部二年の修学旅行、それに生徒達を「行かせる」か「行かせない」かを問う会議が行われていた。



「ヤダ! 絶対行く! みんなで行く最後の修学旅行なのに…!」


「そうは言ってものぅ…、青森で怪異の仕業と思わしき災害が発生しとる。生徒を危険に晒す訳にはいかん」


「あ・お・も・り・で、でしょ!!? USJ (ユナイテッド・スタジオ・ジャパン)があるのは大阪!! 方向が逆だよー!!」


「しかしのぉ、被害の範囲も広がって来とるし…」



テンシアは九十九に縋り付いて懇願した。


「ねぇ、九十九先生!! いつもみたいに出張して祓ってきてよ~!!!」


「まあ…、既に予定は組まれていますが…」



「なら、その後でいいんじゃない? 中止かどうか決めるのはさ」


と、千代子はテンシアに助け舟を出した。


「九十九が行って祓えぬ怪異はおるまい! 良かったなテンシア師匠、修学旅行は決行確定だ!!」


「やったああーーー!!!!」


ラーゼロンとテンシアは、決行が決まったテイで喜んだ。



そんなテンシアに、万治郎は釘を刺した。


「仮に、修学旅行に行くとしても、条件がある。もしもの時の為に、百色レベル100を安定して倒せるようになって貰おう」


「えぇーー…」


「万治郎よ、それは過剰ではないか? 九十九の出張に同伴した際、何体か怪異に出くわしたが、学園の外の怪異はせいぜいレベル一桁だぞ? いくら学園の外では七不思議の加護が無くなり、力が半減するとしても、百色レベル75を倒せるテンシア師匠にとっては十分ではないか?」


「生徒を守るのに過剰なんてありませんわ。テンシアさんにはもっと強くなって貰わないと」


と、九十九は万治郎に同調した。


テンシアは「あうう…」と呻いた。


「ラーゼロンも、もっと強くならなきゃね」


と、千代子はラーゼロンを巻き込んだ。


ラーゼロンも「あうう…」と呻いた。



ビリーはパフパフラッパを取り出しながら言った。


「ミス・カヨコと仲直りしたミス・千代子は、最近鍛錬に熱が入って、更に強くなってきておりますからなぁ」


「お、お姉ちゃんは関係ないでしょ!」


「これは失敬!」パフー!(パフパフラッパ)



「そうと決まればテンシア師匠、早速百色と修行パートと洒落込むぞ!」


「おーー!!! 目指せ、レベル100〜!!!」



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───ラーゼロンが七不思議になる44年前

───西暦1981年(昭和56年) 1月 25日 14:00

───千葉県 桜台病院



怪異が集まる場所には怪談話が付き物だ。

学校は勿論、病院も例外ではない。


ここ、桜台病院にも怪談話がある。



「病室から見える桜の木。その花びらが全て散った時、患者の命が尽きるんだとよ」


そんな怪談話をショウヘイは聞いた。

同じ病室の隣のベッドで入院しているおっさんから。



「それにな坊主、この病院には、夜な夜なピンク色の人影が徘徊しているっていう怪談もあるんだぞ〜」


「…うるせー」


「お、びびってやがるなw ガッハッハ!!」



小学五年生のショウヘイは足を骨折して入院していた。

命を脅かす程の怪我でもないし、数日で退院できると言われていた。


だから、おっさんが言う桜が散った所で、自分にはなんの影響もない。

そう思っていた。


だが、おっさん怪談話は止まらない。


「この土地はなぁ、元々戦没者の墓地だったんだ。それを建て替えて造ったのがこの桜台病院。当時、戦没者の魂を癒やす為に手向けられた桜が、この病室から見えるあの桜だ。戦没者の血を啜った呪いの桜が、今じゃ患者の生き血を啜ろうとしてるんだとよw」


「…くだらねー」


「お、びびってるびびってるw ガッハッハ!!」


実際、ショウヘイはびびっていた。

ピンク色の人影。

墓地に建てられた病院。

桜以外にも、幼心にはおっかない話ばかりだった。



ショウヘイはおっさんの話を無理やり切り上げ、気分転換に松葉杖をついて窓に向かった。



桜の木が見える。


冬なのに花は満開だ。


不気味だった。



しばらく眺めていると、一人の老いた看護婦が桜の根元まで来た。


院長の妻の看護婦長だ。


この病院は老夫婦二人と数人の看護婦だけで経営していた。

その為、患者を多く取れず経営は厳しい。

もうじき閉院するという噂もある。



(何してんだ…? あの婆さん…)


よく見ると、婦長は赤い袋を持っている。


輸血パックだ。


婦長は輸血パックの封を切ると、桜の根元に垂らしていく。



ショウヘイは背筋が凍った。

おっさんの話は本当だった。

あの桜は血を啜っている。



その時、不意に婦長が振り向き、ショウヘイと目が合った。


「うわっ!?」


ショウヘイは咄嗟に窓から離れ、大慌てでベッドに包まった。


「何だあ? 何かおっかねえモンでも見たか?」



早く退院したい。

早くこの病院から離れたい。

ショウヘイの脳内はそれ一色だった。



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───その日の夜



「…ごほっ、……ごほっ…!」


ショウヘイはカーテン越しに聞こえるおっさんの咳き込む声で目が覚めた。


「…ごほっ、…うぇっ…!」



(またか…うるせーなぁ…)


おっさんが咳き込む事はよくあった。


しかし…


「ごほっ!! うあぁ、ごほっ!! だっ…誰か…! ごほっごほっ!!」


今回のは明らかに様子が違っていた。



「おっさん…?」


ショウヘイは上体を起こして床の方を見ると、ナースコールのボタンが落ちていた。

おっさんのベッドに備え付けてあるやつだ。

押そうとして床に落としてしまったのだろう。


ショウヘイはそれを拾い上げ押そうとした。

が、すんでのところで止めた。



これを押したらアイツが来るかもしれない。

桜に血を吸わせていた、あの看護婦長が…。



「ごほっ!! かはっ!! ああぁっ…!! はあっ…!! だれ…か…」


「…!!? クソッ!!」



ポチ



ショウヘイはナースコールを押した。

そしてカーテンを開けて、


「おい、おっさん!! 今看護婦を呼んだ…か……ら……」



おっさんのベッド越しに窓の外が見えた。




桜の花が全て散っていた。


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