第13話 狐の嫁入り 2/6


───西暦1955年(昭和30年)

───霊峰学園 初等部校舎 保健室



それはまさに医療まほうだった。


野生の常識を覆し、私は生存した。


「もう大丈夫だよ。傷が塞がるまで安静にしててね。…と言っても、君に言葉は通じないか」


「……」


「僕は稲荷川。この学園の保健医なんだ」



ガララッ!


保健室の戸が勢いよく開け放たれ、2人の子供が入ってきた。


「稲荷川せんせーーい! またケンタがケガしたーー!」


「うわ~~ん!」


「そうか、診せてごらん」



稲荷川がケンタを診ている間、もう1人の子供が私を見つけた。


「わぁ! キツネだ! 稲荷川先生のペット?」


「樹海で倒れてたんだ。ほっとけなくてね。ああ、直接触らないように。野生の動物は病原菌を持ってるからね」


それを聞いたケンタが怪訝な顔をした。


「そんなの保健室に連れてきていいのかよー」


「まあ、ケージに入れてるしね。みんなには内緒にしてくれよ、ケンタ君」


「ったく、しょうがねーなー」


「稲荷川先生、この子に名前は付けたの?」


「名前?」



稲荷川は暫く思案した後、私の尻尾を優しく撫でて言った。


「そうだな…。この子は尻尾の骨が99本あるから…。九十九つくもと名付けるよ」



九十九つくもーー! かわいい名前ーー!」


九十九つくもじゃ付喪神つくもがみと被んじゃん。稲荷川先生はバカだなー」



九十九つくも


これが私の名前。



こうして、私の学園生活は始まった。



─────────────────────────────────────


───西暦1956年(昭和31年)

───霊峰学園 初等部校舎 保健室



「稲荷川せんせーーい! またケンタがケガしたーー!」


「うわ~~ん!」


「そうか、診せてごらん」



「こん!」


私は消毒薬を咥えて差し出す。


「ありがとう、九十九」


「こん!」



「うわ〜〜ん! 九十九の咥えた薬なんて塗ったら、エキノコックスになっちゃう〜!」


「こん!(怒)」


私はケンタの発言にムカついた。



「大丈夫だよ、ケンタ君。ちゃんと予防接種は受けたから」


「九十九はケンタより賢いもんね! よしよし…」


「く〜ん」


撫でられ、満悦な私。



「こんな奴、早く野生に返しちゃえよー」


「それが、なかなか野生に帰ろうとしないんだ。ここの生活が気に入ったのかな?」


「こん!」


「ずっとここにいていいよ! 九十九かわいい〜~」



ガララッ…


保健室の戸が開き、痩せ細った初老の男が入って来た。


学園長の岩園万治郎だ。


「稲荷川先生、少し良いかの?」


「岩園先生…。ごめんみんな、ちょっと出てくるよ。ケンタ君はベッドで寝てなさい」


「は〜い」



稲荷川は万治郎に連れられ、保健室を出た。

私は稲荷川の後を追った。




「発注しとった入れ物の石像…。今朝、届いたんじゃが…。顔にちと違和感があっての…。儂の顔、あんなもんか? もうちょいハンサムじゃと思うんじゃが…」


「あんなもんですよ岩園先生。……それより、随分痩せましたね。もう何日食べてないんですか?」


「半年くらい? 生命力が有り余っとって、なかなか即身仏になれんのじゃわ、これが」


そう言って万治郎は笑った。


「保健医の立場から言わせてもらえば、直ちに入院して栄養を取るべきだ」


「そうはいかん。死なんと七不思議になれんじゃろう?」


「七不思議計画…。成功する確証もないのに…。本当にそんな事の為に命を捨てるおつもりですか?」


「そうじゃが?」


さも、当然のように万治朗は返した。


「ふぉっふぉっふぉ。本来ならば生徒に害をなす学校の怪異群『学校の七不思議』。それを逆に利用し、生徒を守る更なる力とする。実に爽快じゃろ?」


「岩園先生……」


「ま、これは儂が勝手にやっとることじゃ。他の教員らは自殺教唆なんぞに引っ掛からん。安心して学園勤務に当たっとくれ」




七不思議計画。

『学校の七不思議』の力を入手する為の儀式。

必要な魂は七つ。

必要な怪談は百と八つ。

万治郎は自身を型どった石像に、死して魂を移すつもりらしい。

成功する確証が無い為、万治郎の石像以外は、曰く付きのベートーベンの絵画だとか、理科室の骸骨だとか、適当に集めた物を使うらしい。



七不思議…。


もし、私も七不思議になれたら…。

もっと稲荷川と一緒にいられるのかな…?


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