第9話 母の模型 1/3



「私は、あなたのお母さんじゃない…!!」




───西暦2025年(令和7年) 9月 9日 放課後

───私立霊峰学園 初等部新校舎 理科室



残暑が続く9月の放課後。

ラーゼロンはテンシアと千代子、低学年の生徒達と理科室にいた。



「我が魔法、とくと見るが良い! アイスニードル!」


空中に氷針を出現させて、



「からの、エアスラッシュ!」


風の刃で氷針を細かく刻み、器に盛り付けた。



「どうだ、テンシア師匠! 我の霊気コントロールは! 下級魔法なら完全にマスターしたぞ!」


「凄いよ、魔王君! 霊気コントロールの才能はあるみたいだね!」


生徒達もラーゼロンの魔法に大喜びだ。


「すごいや、魔王!」「わあ、かき氷だ!」「シロップは?」


「シロップは無い! だが、カルメ焼き実験の残りが、この理科室にあるはずだ! 探せ! かき氷が溶けぬうちにな!」



うわぁーーー!!!


と、生徒達とテンシアは理科室を駆け回った。



その様子を見ていた千代子が溜め息混じりに呟いた。


「…それで理科室に来たんだ。カルメ焼きの残りなんてあったかな…?」


千代子はカルメ焼き実験に使う砂糖を探そうと立ち上がる。

が、直ぐによろけてしまった。


「つっ……!」


「む!? 大丈夫か、千代子?!」


千代子は人体模型という性質上、常に半身が剥離されたような痛みに苛まれていた。


「…平気、保健室で薬貰ってくる…」


千代子はふらふらと理科室から出て行った。



霊峰学園七不思議・第五節『動く人体模型』

片桐かたぎり千代子ちよこの人体模型


既に卒業した霊峰学園第77期生『片桐かたぎり 千代子ちよこ』。

彼女が在学中、夏休みの自由研究で作製し、学園に寄贈した『自身をモデルにした人体模型』。

それに魂が宿り、付喪神つくもがみ化したのが『片桐かたぎり千代子ちよこの人体模型』である。

なお、宿った魂は片桐かたぎり千代子ちよこ本人ではなく、学園に渦巻く霊気・妖気から生まれた全く別の魂である。

だが、姿は片桐かたぎり千代子ちよこの為、皆からは『千代子ちよこ』と呼ばれている。



「やはり、心配だ」


ラーゼロンは千代子の後を追った。



理科室から少し進んだ所で、千代子を見つけた。


相変わらずふらふらな足取りで今にも倒れそうだ。


その時、



「……きゃっ?!」



倒れ……


そうになったところを、ある生徒が支えた。



ラーゼロンはその生徒に見覚えがあった。


「あの子は…確か…初等部六年の…カヨコ…だったな」



「だ、大丈夫ですか…?」


「………」


カヨコは心配そうに千代子を支えている。

だが、千代子は何も答えない。



(なんだか重苦しい雰囲気だが…。む? よく見ると……)


ラーゼロンは千代子とカヨコを見比べた。


(なんだか似ているな…あの二人…)



「…あっ、あの…」


「…何しに来たの?」


「えっ…」


ようやく口を開いたと思ったら、千代子はカヨコを冷たくあしらった。



「言ったでしょ…。私は…あなたのお母さんじゃないって……!」


「…!? ご、ごめんなさい…!」



目に涙を浮かべ、カヨコはその場から逃げるように走り去って行った。



「お、おい…!」


ラーゼロンは千代子に駆け寄った。


「千代子! 何だあの態度は! カヨコはお前を助けてくれたではないか…!」


「……ラーゼロンには関係ないでしょ」


そう冷たく言い放って、千代子はまたふらふらと保健室へ向って行った。



「一体どうしたというのだ…」


ラーゼロンがその場で立ち尽くしていると、背後から声を掛けられた。



「あちゃー。あの二人、相変わらず険悪なようだね」


「……テンシア師匠」


振り返ると、テンシアがふよふよと浮かんでいた。


「テンシア師匠はあの二人について何か知っているのか?」


「そっか、魔王君は知らないんだっけ」



ラーゼロンは聞いた。

カヨコは、人間である千代子の実娘である事。

カヨコが生まれて1年後、母親の千代子がになり、今も見つかっていない事。

行方不明になった時期とほぼ同時期に、片桐千代子の人体模型に魂が宿った事。

そして、カヨコが入学してすぐ、母の面影を求めて片桐千代子の人体模型に接近した際、



「私は、あなたのお母さんじゃない…!!」



と、拒絶された事。



「人間の千代子と模型の千代子が別人ってのは確定なんだって。魂の波長が全然違うらしいよ」


「ふむ…。そんな事があったのか…」


「そんな事があった訳よ……。…あっ、砂糖! もう、魔王君! 砂糖なら家庭科室にあるじゃん! なんでわざわざカルメ焼き実験の残りを漁ろうとするかなぁ〜!」


そう言い残し、テンシアはふよふよと家庭科室へ飛んで行った。



─────────────────────────────────────



───翌日 放課後

───中等部新校舎 廊下



この日、ラーゼロンとヒロシは、廊下で他愛のない話しをしていた。


「先日の『魔滅の刃』のリアクション動画、過去最高の収益だった。やはり作画に対するリアクションを全面に押し出した甲斐が………どうかした、魔王?」


「む…?」


「浮かない顔をしているね…。何かあったの?」


「ああ、実はな…」


ラーゼロンは昨日の千代子とカヨコの事を話した。


「ああ、その事か」


「ヒロシは知っていたのか? あの二人の事…」


「勿論、知っていたさ。この学園じゃ有名な話だからね」


「何とかしてやりたいものだが…」


「こればかりは難しいね。この手の話は、僕が一番苦手なジャンルの話だ」


そんな話をしている最中、




『ピンポンパンポーン』


『学生寮ひまわり荘で、反応が検出されました』

『生徒の皆さんは職員、七不思議の指示に従って、避難してください』

『学生寮ひまわり荘付近の七不思議は、怪異反応の対処に向かってください』




「…むっ!!? この放送は!??」


「ひまわり荘…!? カヨコのいる学生寮だ、魔王!!」


「こうしては居られぬ!! 行く、ぞ…?」



ラーゼロンがふと外を見ると、猛スピードでひまわり荘に駆けて行く人影があった。


「あれは、千代子…か…!!」


「急いで、魔王! 学園の外周からじゃなく、いきなり内部に現れるなんて普通じゃない! 何か特別な能力を持っているか、もしくはした怪異の可能性が高い!」


ガララッ!


勢いよく窓を開け、ラーゼロンは飛び出した。


「下級魔法をマスターした我の力、存分に見せ付けてくれよう!!」





───同時刻

───初等部旧校舎 屋上


岩園万治郎はひまわり荘を見据えながら、教員と電話をしていた。


「現場には千代子とラーゼロンが向かった。テンシアは中等部新校舎、百色は全ての運動場と外回り、儂は残りの全施設を警戒しよう。……そうじゃ、何かあったら連絡しとくれ」


ピッ


万治郎は通話を切ると、薄暗くなっていく空を眺めて呟いた。


「…九十九の出張中に現れるとはのう。日本中の主な怪異はころし尽くしたと思っとったが…。ふむぅ…、何かが起きる前触でなければ良いんじゃが…」


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