第8話 花子さんとパパ 3/3


───異世界魔王ラーゼロンが七不思議になる8年前

───西暦2017年(平成29年)

───米国 能力開発研究所


資産家ジェフリー・ウィルヴィストンが経営する能力開発研究所。

世界中から特殊能力者を集め、研究するこの施設に、ジェフリーの娘は生まれた時から入所していた。


その娘の名はテンシア・ウィルヴィストン。


研究所始まって以来の『超』超能力者。

容易に鋼鉄の檻を捻じ曲げ、100tの鉄球を浮かせる。


その圧倒的な力ゆえ、所員の中にはテンシアを危険視する者も多い。


ニコラスもそのうちの一人だった。



「といれ…」


超能力者に対抗するため開発されたボディスーツ。

それを着たマネキンを50体ほど消し飛ばしたところで、テンシアはトイレに行きたいと言い出した。


「あ…、オーケー……。実証試験を中断しよう…」


ニコラスはデータ取りをしている機器を停止させた。


「………」


テンシアはと何も言わず、とぼとぼと俯きながらトイレに向かった。



「……現代の科学技術で、テンシアに対抗する手段はもう残されていない…」


並みの念力なら無効化するボディスーツの残骸を見て、ニコラスは呟いた。


「彼女は危険だ…。第三者に言い包められ、利用されないように『言語学習は抑制』しているが…。彼女の存在そのものが世界の脅威なんだ…」



ふと、ニコラスはトイレに目を遣る。


「そうだ…。データでは、彼女は排泄中、念波係数が著しく低下する……。るなら……人類を守るなら……今しかない…!!」



ニコラスは懐から拳銃を取り出し、トイレに向かう。

気付かれないよう、音を立てず慎重に。

そして、テンシアの入っている個室の前に来ると、ドア越しに銃口を向けた。



るぞ……! 俺はる……! これは人類の為なんだ……!)


震える指を引き金に掛ける。



すると……



「…うぅ……ひっく……。うぇぇん……」


(テンシア…!?)


泣き声。

テンシアはトイレの中、一人泣いていた。


(……なんだ? どうして泣いているんだ?)


ニコラスが戸惑っていると、



「……ニコラスも、ワタシ、こわい?」



(ッ!? 気付かれている!!?)


ドアの向こうのテンシアが話し掛けてきた。


「…ワタシ、こわい?」


(不意打ちは失敗だ!! 今撃って、銃弾は効くのか?! いや、迷っている猶予は無い!! ってやるぞ……!)



「…ごめんなさい」



「…え?」



「…ごめんなさい…ごめんなさい。うぅ…ぅ…ワタシ…こわい…ごめんなさい…」



思念伝達テレパシー

テンシアはニコラスの思念に感応し、自分に敵意を持っている事を感じ取った。

言語学習が疎かにされていた為、ニコラスの思念を言語として理解できなかったが、


恐怖こわい


ただ、恐怖を感じている事だけは理解できた。




「……テンシア。……すまない…。ああ…俺はなんて事を……」


ニコラスは銃を下げ、心の底から謝罪した。


至近距離から思念伝達テレパシーをされた為、ニコラスもテンシアの心を感じ取った。

自分達に全く敵意が無く、ただただ純粋なテンシアの心を。



「…さぁ、テンシア。今日の実証試験は終わりにして、お菓子の時間にしよう! 君の好きなクッキーとキャンディーが届いてるんだ!」



「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい」


「……テンシア?」



グイッ…



ニコラスの手が上がり、再び銃口を向けた。

ドア越しのテンシアに。


「テンシア!? 何をッ!?」



念動力サイコキネシス

テンシアはニコラスの身体の自由を奪い、自分に銃口を向けさせた。



「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい」


試験をクリアすれば恐怖され、試験をミスすれば落胆される。

見られると嫌悪され、話しかけると拒絶される。


研究所の多くの所員が、ニコラスと同じ『敵意』を、テンシアに向けていた。

嫌われたくなくて、何でも言う事を聞いてきたテンシアに。


何故こうなってしまうのか、幼いテンシアには理解できなかったし、それに耐え得る心も持ち合わせていなかった。



「止めるんだ!! テンシア!!」


先程、ニコラスが銃口を向けていた時、敵意と一緒に感じ取っていた感情がテンシアにはあった。


それは、『希望』。


テンシアはニコラスが何をしようとしていたのか、理解できていない。

ただ、その行為が『恐怖』を払う『希望』だと感じ取った。


自分を『恐怖こわくない』ものにする行為だと。




「…ニコラス。ワタシ…こわい…ちがうよ。…みんなのこと…すき…だよ…」




「テンシアァァーーーーーーーー!!!!」





パァン…!!





・捜査報告

 テンシア・ウィルヴィストン 享年6歳

 死因:拳銃による射殺

 現場:能力開発研究所 女子トイレ

 犯人と思われる同研究所所員は、同現場にて拳銃自殺



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───西暦2025年(令和7年) 8月 8日

───私立霊峰学園 学園長室



意を決して、テンシアは父に言った。


「……ワタシ、卒業したら……成仏しようと思うんだ」


「テンシア…!? 何ヲ…!?」


「パパがワタシを七不思議に入れてくれたおかげで、研究所じゃ考えられなかったような楽しい思い出ができた。…でもね、七不思議は本来、生徒を守護するシステム。故人が私欲の為に利用しちゃいけないんだよ…」


「…ナラ、テンシア。ココデ、生徒ヲ、守リ続ケル。永遠ニ…!」


「ワタシなんて全然ダメ。みんなを守れるほど強くないよ。研究所じゃ恐れられてたけど、井の中の蛙だった…。ニコラスにも悪い事しちゃったな…」


テンシアは少しはにかみながら、続けて話した。


「ワタシより上節の七不思議はね、本当に強いんだ…。もう、怪異なんて眼中に無い。世界中を敵に回しても学園を守り抜く勢いだよ。現に九十九先生なんて、水爆実験の的になったりして身体を鍛えてる。正直ついていけないよ…」


「テンシア…」


「だからワタシ、卒業したら成仏して、七不思議引退する…!」


「テンシア……私ハ……」


ジェフリーが何か言い掛けたところを、テンシアが遮った。


「あっ、あのね…! 今年の冬はね、修学旅行に行くんだ…! クリスマス・イヴにユナイテッドUスタジオSジャパンJに行くの! 今はそれが一番楽しみ!」


「テンシア……」


「パパ…。ワタシを七不思議にしてくれて、この学園に連れてきてくれて、ありがとう! ワタシ、パパの娘で…本当に幸せだよ…!」



─────────────────────────────────────


───同日 同時刻

───青森県 恐山



この日、先の震災の影響を調べる為、とある大学の地質学部の教授が学生を引き連れ、恐山を調査していた。


「教授、ここにもありました!」


「信じられん規模だ…。恐山全域に広がっているのか…?」


震災の影響で断層が露出し、鉄と鉛でできた人工的な地層が発見された。

しかも、恐山を囲むように東西南北のあちこちで。


「明らかに人工的に作られたものだ…。時期は江戸時代…。鉄と鉛の地層上に恐山が乗っかっている…! まさか…恐山自体が、人工的に作られた山…なのか?」


「そんな…、あり得ませんよ! 恐山にまつわる伝承は、江戸時代以前のモノもあります! それに、恐山は活火山ですよ!?」


「活火山を装うために火道を別ルートから引っ張ってきているんだ! 江戸時代以前に恐山は無い! これは歴史的発見だぞ…! 恐山の伝承は全てデタラメ! 歴史が…過去の何者かに改竄されたんだ…!」


「そんな……何で?! 何のために?!」


「ともかく、もっと人員を増やせ! 規模をさらに広げて調査するんだ!」


「は、はい!!」



走り去る学生を見送った後、教授は恐山を見上げた。


「…しかし、この山は一体何なのだ…。まるで…ふた…? 何かを…抑え込んでいるような…」




───七人の悪霊 復活まで 後 137日

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