第7話 花子さんとパパ 2/3


「ファイアボール!」


ラーゼロンがそう唱えると、


ボッ! っと数cm程の炎の球体が現れた。


「昨日より大きくなってるね!」


テンシアはラーゼロンの様子を見守っている。


「むぐぐぐ…!」


ラーゼロンは炎の球体が消えないように、霊気をコントロールしている。


「超能力と魔法は違えど、ワタシと魔王君は同じ幽霊! 今の魔王君に必要なのは、霊気をコントロールする技術! この世界には、魔王君が言うような『マナ』は無い。けど、『霊気』で『霊子』を『マナ』のように扱えれば、擬似的な魔法が生み出せるはずだよ!」


テンシアは自販機で買ったオレンジジュースを飲みながら、アドバイスした。



「ぬぬぬ…! ……あっ、そういえば師匠は、知っているか…?」


「んー?」



「どうやら我は、らしいぞ…」



「ぶーーーーーー!!!???」


思わぬ発言に、テンシアはオレンジジュースをファイアボールに向かって吹き出してしまった。


「おわっ!? せっかく上手くいっていたのに! ファイアボールが消えてしまったではないか!」


「けほ…けほ…ちょっ、魔王君! それ、誰から聞いたの?!」


「誰って…師匠と同じクラスのヒロシからだ」



ヒロシ。

最近ラーゼロンとよくつるんでいるテンシアのクラスメイトである。



「もう! ヒロシのやつ、余計なことしか言わないんだから! 魔王君、落ち込まないでね? たとえ元は架空のキャラだとしても、今の魔王君は、ちゃんと実在している七不思議なんだから!」


「いや、別に落ち込んでいないぞ。むしろ我は嬉しく思っている」


「嬉しい? なんで?」


テンシアはきょとんとした。


「我が生前いたアルマリアでは、魔族と人族の戦争が千年続いていた。その戦争は凄惨を極め、両陣営数え切れぬ程の死者を出した…」


「前に話してた千年戦争だね。魔王君の死によって決着が付いたっていう…」


「我が実在しない世界のキャラクターだとするならば、あの戦争も、実在しない出来事だった、となるはずだろう?」


「まあ、そうなるね」


「我はそれが嬉しい。魔族も人族も、実際に傷付き、悲しい思い、苦しい思いをした者は、誰一人とて居なかったのだ!」


ラーゼロンは心の底から微笑んだ。


「魔王君はお人好しだなぁ」


テンシアも、そんなラーゼロンに釣られて微笑んだ。


「だが、我の物語の作者は心が捻じ曲がっているな。あの世界は余りにも救いが無さ過ぎた…」


「作者はまだ見つかってないもんね? あっ、ならさぁ…!」


「うむ?」


「魔王君が自分で自分の物語を書いちゃうのはどう? 魔王君の望む平和でみんな仲良しの理想の世界をさ! もう魔王君は七不思議として霊峰学園との関わりができてるから、魔王君が書いた設定が今の魔王君に反映されるかもよ?」


「いや、それは我も思いついたのだか…。そうすると、確か…タイムパラドックスがどうのこうので、あまり良くないと言われたぞ」


「それ、誰が言ってたの?」


「ヒロシだ」


「はー…。ヒロシってば、ほんと、理屈っぽいんだから…」


そんな話をしていると、



「…おーーーい!! 魔王ーーー!!」


ラーゼロン「む?」



噂をすれば。

呼び掛けの主はヒロシだった。



「魔王、時間だ。視聴覚室に来てくれ」


「ヒロシ! なんの用? 魔王くんは今、ワタシと魔法の特訓中なんだけど!」


「魔王とのの時間だったから呼びに来た。テンシアには関係無い」


「撮影?」


「ああ。僕らは動画投稿サイトで、アニメのリアクション動画を投稿してるんだ。魔王は見た目が外国人だから国内受けがとても良いんだ」


「そうであった! 今日は『進撃の小人・第31話』のリアクション動画を撮影する日であったな!」


テンシアは呆れ返った。


「はぁ…。ヒロシ、あんた中々帰省しないなと思ってたけど…。そんなことしてたんだ…」


「まあね。…魔王、ちゃんと予習はしてきた?」


「無論。まさか身内の中に、鎧の小人と超小型の小人がいるとは思わなかったぞ」


「カズキとマサトが機材の準備をしている。その間にリハーサルをしよう。いかにかがリアクション動画の肝だ」


二人のやり取りを見ていたテンシアは、なんだか仲間外れにされているような気分になってきた。


「ねえ、ワタシは? ワタシも外国人だから動画に出ていいよね?」


「進撃の小人はceroD、対象年齢17歳以上。中学生で、ましてや見た目6歳児のテンシアじゃアカウントがBANされてしまう」


「あんたらだって中学生じゃん!」


「動画に出るのは魔王だけ。僕らあくまで撮影スタッフ。何も問題は無い」


「すまぬ、師匠。今日の特訓はお開きだ!」


そう言うと、ラーゼロンは駆け出した。


「あっ、ちょっと、魔王君!?」


「時間が押している。急ごう、魔王」


「師匠も、良ければ高評価とチャンネル登録を宜しくお願いする! 通知もオンにしておいてくれ!」


そう言いながら、魔王とヒロシは校内へと駆けて行った。




「はぁ…」


一人取り残されてしまったテンシア。


教室に戻ろうとしたところ、


「ああ、テンシアさん。ここにいたのね」


「あ、高野先生」


60歳ほどの女性教師。

担任の高野先生に声をかけられた。


「テンシアさん、お父様がお見えよ。学園長室で待ってるから、顔を見せてあげて」


「えー、パパったらまた来たの? もう今年3回目だよ」


「会える時に娘に会いたいと思うのが親心よ。さあ、行ってあげなさい」


「……はーい」


テンシアは渋々、学園長室に向かった。



─────────────────────────────────────



テンシアが学園長室の前まで来ると、扉の向こうから、学園長の笑い声が聞こえてきた。


「ははははは! いやあ、ウィルヴィストンさんのご融資のお陰で、学園の全施設にエアコンを設置できましたよ。こんな快適な夏は初めて! これはもう、ウィルヴィストンさんに足を向けて寝られませんなぁ! ははははは!」


「……すぅ……はぁ…」


テンシアは一回深呼吸をして、



「…失礼しまーす」


小声で扉を開けた。



学園長の隣に座っていた万治郎がテンシアに気付いた。


「おや、学園長。娘さんがお見えじゃ。後は親子水入らずで…」


「そうですな! 年寄りは退散するとしましょう。では、ウィルヴィストンさん。当学園を今後もどうかご贔屓に。またのご来園をお待ちしておりますぞ!」


慌ただしく、学園長と万治郎は部屋を後にした。



「………」


「………」



気まずい沈黙。

それを破ったのはテンシアの父、ジェフリー・ウィルヴィストンだった。



「…テンシア、元気ダッタカ…?」


「…うん。…あはは。日本語、上手になったね」


英語を話せないテンシアの為に、ジェフリーはカタコトの日本語で会話を試みる。


「スマナイ。アメリカデ、モット話ヲ、スルベキダッタノニ…」



窓の外から響く蝉の声を、エアコンの動作音がかき消していく。


真夏の日本で、二人の米国人は、たどたどしく日本語を紡いでいった。


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