第2話 殺したくらいで死ぬなんて!

※妊娠・出産・育児に対するネガティブな発言、暴力・レイプ・堕胎の表現があります

※一般的な価値観から逸脱しているキャラクターが多数登場します(主人公を含む)。彼らの意見、行動を推奨する意図は一切ありません。

※全年齢向けの内容ではありません。15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

※閲覧は自己責任でお願いいたします。





柔らかさの残る手が私の手首を握り、動きを制した。視線をそちらに向けると、案の定まだ10代になって間もないであろう少年がいた。


「リアさんそんなに動いちゃ駄目だって!赤ちゃんに悪いだろ?」

「…そうだね。心配してくれてありがとう」


何で私がガキの為に行動制御しないといけないんだ。胎内に入れてやってるだけ有難いと思え。反射的に湧き出た本音を飲み込み緩く微笑むと、目の前の少年に礼を言う。しかし怒りは微塵も止まりやしない。


全く、何で妊娠できるのは女だけなんだ。妊娠すれば自然と産めると思っている奴らが多すぎるが、生死を彷徨う危険度MAXの糞イベントだぞ。好き勝手腰振ったDV糞野郎が妊娠しろ。


そんな気持ちでいた私に対し、目の前の少年の母親は「ご懐妊おめでとう」なんて言いやがった。全ての親が子を愛すると思うおめでたい脳味噌をしやがって。貴重な一生を伴侶とガキに捧げるてめえにはわからねえだろうな。男の都合の良いように洗脳され家庭に縛られている奴隷!一人では生きていけない弱者!!賢く自立できる術を持った魔女が虐げられる理由の1つが、お前みたいな弱ぁぁあい女が図に乗った男共にホイホイ従うからだ!!!あ”!?「お前の思想で人を傷つけるな」!!?うるせぇこっちが先に不快な思いをしてんだよ死ね!!!

全部全部ぶち撒けるには、私は命が惜しかった。だから笑顔で、「ええ、この子だけでも守れて良かった」なんて涙と微笑みを零しておいた。


そう、今私は牢獄から少々離れたこの村で、「魔女に村を滅ぼされ、重荷の身体に鞭打ってここに逃げてきた勇敢な母親」として生きている。


♡♡♡


何時までもこの村に居てはエイデンに捕まってしまうだろう。逃げなければならない、もっと遠く、もっと遠くへ―――。


「リアさん!勝手に外出たら危険だって言っただろ!」


なのになんでこのクソガキは私を追い掛け回すんだ!!!!!魔女に乗っ取られストーカーになったと告発し魔女狩り執行人に処刑させるぞ!!!

次の村に向かうために森に入って数分、私は少年に見つかり、いつもの彼の家に連れ戻されていた。ああ糞、空腹と睡眠不足を緩和しようとこの村に立ち入ったのが悪かった。1、2泊匿ってもらったらこの家の財産を持ち出して再度逃亡劇に戻ろうと思ったのに…!


「私のことを心配してくれるのは嬉しいけれど、そんなに気を使ってくれなくていいのよ?君もお友達と遊んだりしたいでしょう?」

「別に、アイツ等とはいつでも会えるし…」


私の言葉に何か思うところがあったのか、彼は口を尖らせて小さくそう返した。んだよ、ガキはガキ同士で遊んでりゃいいのに、何考えてんのか全然わかんねえな。沈黙したまま家に戻るのもどうかと思い、何か話題はないものかと思考を巡らす。しかし私の気遣いは不必要だったらしく、彼は前置きもなく質問を投げてきた。


「なあ、リアさんの旦那さんってどんな奴だったの?」

「へ?」


予想していなかった言葉に、思わず意味のない声が出る。普通夫が死んで間もない奴にそんなこと訊かねえだろ。ガキって何も考えてねえのな。

まぁ、実際に夫が死んだこともいたこともない私が配慮のない質問で傷付くことはない。しかしそんな存在はいないからこそ、何と答えたものかと腹に視線を落とす。まださして膨らんでいない、妊娠していると言われなければわからない腹。しかしそこには、確かに命が宿っていた。…半分、DV糞野郎と同じ遺伝子配列を持つ化物が。


「私の夫はね、とっても優しい人で、私のことをいつも守ってくれたのよ」


不意に出た言葉は、虚しいくらいに温かな温度を持っていた。魔女に優しく接する存在、魔女を守る存在。そんな都合の良い馬鹿がいるのなら、私はこうはなっていない。意識せずとも纏うことのできる微笑とは裏腹に、心が色を失っていく。


―――死んだら俺に会えないだろ?お前は本当に馬鹿だなぁ


脳裏に過る、私を蘇らせたゾンビ化させたアイツの言葉。それと共に頭に置かれた、温かで優しい手。お前の頭には叶わねえよ、お前に会いたくないから死んだことも分からない馬鹿には。…死んだら会えないと分かっている癖に、私を置いて死んだ馬鹿には。


過去を思い出し冷たくなった指先に、温かな何かが触れる。視線を落とすと少年の手が私の手を包み込んでいた。…その温度は、どこかアイツを思い出させる。


「これからは俺が守るから、だから、その…」


声変わりを終えていない高い音。それはどこかたどたどしく、けれど確かに意思を持って紡がれていく。


「…どこにもいくなよ」


仄かに赤く染まる耳の淵、初めての感情に滲む瞳、懇願するように強まる手の力…。

ああ成程。その様子を見て理解した。だから君は、いつも私を見ていたのか。


「ええ、君が守ってくれるなら、私はどこにも行かないわ」


原因がわかれば対応はどうってことない。普段と違うはにかんだ笑みを浮かべ、柔らかな声に音を乗せる。彼を安心させるように、信頼してくれるように、監視の目が緩まるように…。


そういえば、私は子どもが好きだった。純粋でどこまでも染まりやすく、単純で扱いやすい。産むなんて真っ平ごめんだが、利用するには持ってこいの存在。少年の目に浮かぶ安堵の色を見て、明日の夜にこの村を出ることを決めた。


♡♡♡


「―――ッ!!」「ッ、―――!!!!」


んだようっせえな…。眠りを妨げる大声に目を覚ます。明日の夜逃げの為に寝貯めしておきたいのに、今何時だと思ってんだ。そう思って壁に掛かる時計を見ると、赤い光に照らされた文字盤と針は真夜中であることを告げていた。ほらみろ、まだこんな時間じゃねえか。そこまで考えながら身を起こし、ふと思う。


―――真夜中にしちゃ、時計がよく見えすぎている。


違和感に気づいた瞬間、窓を振り返る。その明るさに目を眩ませつつ、確かに私はソレを見た。夜空すら赤く染める、うねるような炎を。家の外を屈強な騎士達が―――魔女狩り共が、火をもって囲んでいた。


「ッ!!!!糞がッッ!!!」


どうにか逃げ道を確保しようと、別の窓を確認すべく部屋を出ようとする。しかしドアノブに手を掛けた瞬間、扉が独りでに開いた。


「ア”?」


扉の先、目の前にいたのは少年だった。彼は驚いたように目を丸くして、瞳に私を映している。

どうした、そう声を掛けようとした瞬間、青年の薄く開いていた唇から、ごぽりと血が溢れた。淡い桃色の唇を一気に深紅が染めていく。顎を伝い落ちた血はそのままコプリコプリと溢れ、彼の服を、床を汚していった。


「―――」


え、なに、なんなの。急な展開に脳が追い付かず、その様子を呆然と見つめる。そして気付いてしまった。少年は私と視線が合う程の背丈はなかったという事実と、ポタリポタリと彼の靴から伝い落ちる血液に。返り血を浴びながら、恐る恐る目線を上げる。…死体は独りでに浮かない。ということは、それを持ち上げている奴がいる。


血や薬品で汚れた靴、鍛え上げられた身体、潔癖気味に黒手袋を嵌めた手…、徐々に露になる彼の全体像に、身体の震えが止まらなくなる。知ってる、…知ってしまっている。布の下の手が煙草を押し付け肉が焼ける感覚も、私を虐げる際に興奮で高鳴る心音も、この恐ろしいまでの沈黙も。…緊張感がピークに達した瞬間、彼が口を開くことも。


「随分と使えねえ騎士ナイトだなァ。これで守るなんざよく言えたもんだ」


視界から消えた遺体が、派手な音を立てて壁にぶち当たる。少年を投げ捨てるその姿は、正しく彼の残虐性を示していて―――。

遂に現れたDV糞野郎、もといエイデンに、私は意識を手放した。


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