第4話 決定事項

「ナオさん、どこにいたの? 心配したよ」

 

 ナオは一平の胸に顔を埋めたが、沈黙を守ったままだった。

 いつもの取調室のように簡単に聴き出すことは出来なかった。


「ごめんなさい」


 ナオは一言発すると、顔を上げた。


「お夕飯にしましょうって、哲さん、ありがとう。一緒に食べて行ってね。お義母様たちからお話があるって」


 ああ、ゲームの中のジェットコースターが得意なのは、母のルリ子だった。

 先ほどの違和感の正体がやっとわかった。ルリ子も一平が子どもの頃、ときどき一緒にゲームを楽しんだのだった。


 両親の部屋のダイニングに向かうと、


「ナオさんを責めないでね。ママが頼んだの」

「おふくろ」

「ママ」


 食事が終わると、ルリ子が改まった様子で口を開いた。


「パパとママね、瀬戸内に帰ろうかと思うの」

「瀬戸内って牛窓?」

「そう、ママの生まれ故郷。今は固定資産税だけが消えていってるけどね」

「そこに家を建てて住むのか」


 ルリ子は大きく頷いた。


「ああ、それで俺をママのマンションから追い出そうというのか。どうりで回りの入居者がいなくなるわけだ」


 哲平は大きなため息をついた。


「向こうの牛窓でお手伝いさんに来てもらうの?」


 一平が尋ねると、


「ご主人の檜山さんはSP定年だし、ご夫婦揃って一緒に行ってもらうの」

「そりゃ心強いけど、ヤマさんはそれでいいんですか?」


 ナオと食べ終えた食器を片付けていたヤマさんは手を止めて、


「ええ、私からお願いしたんです。私たちには子どももいないですし」


「じゃあ、話は出来上がっているんじゃないか」


「向こうで暮らす算段してたら、こっちのママのマンション売りに出そうかと。今ならいい値で買い取ってくれそうなの」

「俺が出て行けばいいんだろう」


 哲平が少し淋しそうに言った。


「それでね、もうSPさんは必要ないんじゃないかと思うの。あなたたちが雇うならかまわないんだけど、3階のSPのアタギさんもヨネザワさんも来月からの就職先、決まっているし」


 一平はナオと顔を見合わせた。

 ナオの口がSPムリ、ムリと言っている。


「この部屋は一平たちが使えばいいし、3階に哲平が住むってのはどう?」

「どうって、決定事項なんだろう」

 一平は大きなため息をついた。

 





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